晴天の終わり
どこか気を遠くするなゆた。遂に王になるなゆたの前に現れるのは────
楽しそうに笑うなゆたの影に、どこかぼーっとした瞬間が増えていた。
「なゆた?」
黄泉が声をかける。
「……え?」
振り向いた顔は、いつもの笑顔。
だが、その一瞬前まで。
確かに、なにかが抜け落ちたような顔をしていた。
あぁ。
もう長くない。
壊れるのは、きっと時間の問題だ。
「おいで、なゆた」
黄泉はそっと腕を広げる。
なゆたは嬉しそうに駆け寄り、その胸に収まった。
小さな身体。
温かい体温。
けれど、その存在が今にも消えてしまいそうで。
――もう。
いっそ。
閉じ込めてしまえたらいいのに。
「……兄様?」
不安げに見上げる顔に、黄泉はハッとする。
そして、すぐにいつもの笑顔を浮かべた。
「ん?もう少しでヤマトが帰ってくるよ。新しい技、披露するんだろう?」
「うん!」
満面の笑み。
どうか。
どうかその笑顔だけは。
忘れないでいてほしい。
夕暮れ。
赤く染まる空の下。
遠くから、笑い声と呆れた声が聞こえた。
振り返ると、ヤマトが二人を連れて歩いてくる。
「あ!ヤマ──」
なゆたの声が止まる。
知らない人。
知らない笑顔。
「……?だれ?」
「あ、姫様」
なゆたに気づいたヤマトが駆け寄る。
「こんなところでどうされたんですか?」
「えっと、その……」
恥ずかしそうに視線を泳がせる。
ヤマトの後ろにいる二人を見る。
「こちらは新しく入った新兵ですよ。ご挨拶できますか?」
なゆたは小さく頷くと、ヤマトの後ろに隠れ、その裾をぎゅっと掴んだ。
「初めまして。貴方が姫様?こんな可愛らしいのね」
猫又の少女――ニコが笑う。
「えっと、は、初めまして……なゆたです……」
その隣。
八咫烏の少年――サクヤの鋭い目付きに肩が少し震えた。
「あんたの顔、怖いって言ってるわよ」
「うるさい。言ってないだろ」
サクヤはため息をつき、その場に屈む。
なゆたと目線を合わせ、ふっと笑った。
「サクヤです。よろしくお願いいたします。姫様」
「よろしく……」
言い終わると、またヤマトの後ろへ隠れる。
「んー!かっわいい!」
「なゆたの恥ずかしがり屋もまだ直らないみたいだね」
「よ、黄泉様!」
二人はすぐに膝をつき頭を下げた。
「でもちゃんと挨拶できて偉いね」
「そうそう、俺は二人の───」
「ヤマト」
低い声。
振り返るとクロガネが立っていた。
「王がお呼びだ。すぐ向かうぞ」
「あ、そうだった」
ヤマトは頭を掻きながら振り返る。
「姫様、また後でお会いしましょう。二人はそのまま自室に戻れ」
「はっ」
指示を終え、ヤマトはクロガネの後を追う。
「……ヤマト」
なゆたは寂しそうにその背中を見つめていた。
「なゆた?」
黄泉が顔を覗き込む。
なゆたは小さく拳を握った。
「ボク、もっと強くならなくちゃ」
その瞬間だけ。
なゆたの足元で、黒い霧が揺れた気がした。
黄泉の瞳が静かに揺れる。
だが、なゆたは気づかない。
ただ前だけを見ていた。
なゆたが王に即位する日まで、もうあと少し。
覚悟は、もう決まっている。
晴天。
青い空が国を包み込む。
だが、その空の下。
忍び寄る複数の影。
そこにもう、子供達の笑い声はなかった。
「これより、新王の即位式を始める」
重々しい声が響く。
広場には妖怪達が集まり、王族を見守っていた。
「初めに、ニコ。サクヤ。前へ」
「はっ」
二人は前へ出て膝をつく。
「サクヤを中佐に。ニコを少佐に任命する」
「ありがとうございます」
若くして上へ登り詰める二人。
周囲からどよめきが起こる。
「そして、本日で王に即位される──」
その瞬間、
突如、大地が揺れた。
ざわめく会場。
誰もが空を見上げる。
「なんだ……?」
「今の音は……」
次の瞬間。
乾いた音が響いた。
――パァンッ!!
王の胸から血が吹き出す。
崩れ落ちる身体。
時間が止まった。
「お父……様?」
なゆたの顔が真っ青になる。
「ぁ……あ……」
震える声。
そして。
「あ”あぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」
咄嗟にヤマトはなゆたを抱き寄せる。
周囲を警戒し、耳を最大限に研ぎ澄ませた。
音。
匂い。
気配。
すべてを探る。
「なゆた様!こちらに!」
影へ引き込む。
「なにごとだ!?」
黄泉も駆けつけた。
「王が撃たれました。この匂い……人間です」
ヤマトの目付きが鋭く変わる。
腕の中で震えるなゆたを、強く抱きしめた。
「黄泉様となゆた様は安全な場所へ。おそらく戦争です」
「やだ……待って……!」
なゆたがヤマトの服を掴む。
「行かないで、ヤマト……!」
震える小さな手。
ヤマトはその手を優しく包み込む。
「大丈夫ですよ。なゆた様」
優しい声。
「必ず戻ってきます」
その言葉に、なゆたの瞳が揺れた。
「ヤマト。俺達も行く」
「わかりました。回り込んで向かいます。正面突破は難しい」
次々と現れる武装した人間達。
その数は異常だった。
そして、その先頭。
黒い外套を羽織った男が立つ。
男の足元には、既に討たれた妖怪の死体が転がっていた。
「妖共」
冷たい声。
「我らは特務退魔課」
男がゆっくり手を下ろす。
「貴様らを、今から皆殺しにする」
その瞬間。
無数の銃声と悲鳴が、空を裂いた。
ここまで見て下さりありがとうございます。
幸せが終わった……




