あと一歩
鍛錬をするなゆたと白夜。
ヤマトと対決の中、妖気が変わり見たものとは──
「で、ここでこうやって……」
ぎこちない構え。
それを真似する小さな九尾。
「何してるんですか?なゆた様」
聞き慣れた声。
なゆたはパッと顔を上げた。
「あ、ヤマト!」
そこには、剣を持つなゆたと白夜。
どう見ても、剣術を教えている最中だった。
「今ね、白夜に剣術を教えていたの!」
得意げな顔。
なるほど。
我ながらご名答。
「左様ですか……ですが、その動きだとすぐやられてしまうのでは……?」
ヤマトは口元を押さえ、笑いを堪える。
その瞬間。
なゆたの頬が膨らんだ。
「聞いて白夜!ヤマトってね、すごく意地悪なの!」
「おや」
「こんな男になっちゃダメだよ!」
「あ!こんな男って言いましたね?!どこで覚えたんですかそんな言葉!」
なゆたはケラケラ笑いながら逃げ回る。
「待ちなさい!」
追いかけるヤマト。
その光景を、白夜はただ静かに見つめていた。
羨ましそうに。
「白夜も交じったらどうだい?」
ふいに、優しい声が降る。
「……っ!よ、黄泉様!」
白夜は慌てて頭を下げた。
黄泉はクスクス笑いながら、なゆた達を見る。
「あの二人、仲が良いだろう?」
「え?はい……そう見えます」
「なんでかわかる?」
「えっと……」
白夜は首を傾げ、じっと二人を見る。
黄泉が答えようとした瞬間。
「二人が同じ半妖やから……ですかね」
空気が止まった。
黄泉の目が見開かれる。
なゆたが半妖だということは、既に世間へ知られている。
だが。
ヤマトが半妖であることは、王と黄泉、なゆたしか知らない。
「……よく、分かったね」
静かな声。
遠くで。
ヤマトの耳がピクリと動く。
視線はなゆたへ向いたまま。
だが。
会話は全て聞こえていた。
犬の妖怪だから。
耳が良い。
遠くの音も拾ってしまう。
鼻が良い。
僅かな異変にも気づいてしまう。
ヤマトは、静かに白夜を見る。
その目は警戒していた。
だが。
白夜の視線は、黄泉へ向けられたままだった。
「兄様!ヤマトと鍛錬してもいい?」
「うん。しておいで」
黄泉は柔らかく笑う。
「白夜は?」
「僕は……見てます」
「そっか。じゃあ俺も一緒に見てよーっと」
黄泉は白夜の隣へ腰を下ろした。
そして。
そっと腕を引く。
驚いたように揺れる九つの尾。
だが。
その尾は次第に安心したように、ゆっくり揺れ始めた。
「さて、なゆた様」
ヤマトは大剣を肩へ担ぐ。
「前に言ったこと、覚えてますか?」
「覚えてる」
なゆたは静かに息を吐いた。
白い霧が集まり。
大鎌が現れる。
「行くよ」
金色の瞳が細くなる。
ヤマトも大剣を構えた。
兄様が見てる。
負けるわけにはいかない。
その想いだけが、頭を埋め尽くす。
なゆたは地面を蹴った。
ガキンッ!!
刃と刃が激しくぶつかる。
もっと早く。
もっと強く。
もっと重く。
もっと。
もっと。
もっと。
周囲の音が遠くなる。
ヤマトしか見えない。
勝つ。
勝つ。
勝つ。
誰かが叫んでいる。
けれど。
聞こえない。
「……様!」
もっと。
「なゆた様!!」
ハッと。
意識が戻る。
目の前。
そこにいたのは。
膝をついたヤマト。
片手で大剣を支え、
もう片方の手で、なゆたの手首を強く掴んでいた。
あと一歩。
ほんの少しでも遅ければ。
ヤマトの首は飛んでいた。
「はっ……ぁ……っ」
今まで呼吸していなかったかのように、なゆたは大きく息を乱す。
だが。
その顔は。
笑っていた。
「や、った……!」
震える声。
「やったやった!ヤマトに勝った!」
嬉しそうに笑う。
なゆただけが。
ヤマトは、
信じられないものを見る顔をしていた。
黄泉は、
今にも泣き出しそうだった。
「な……なゆた様……」
白夜が身体を震わせる。
無意識に、黄泉の裾を掴む
「兄様!勝ったよ!やっと!ヤマトに──」
言葉が止まる。
視界が揺れた。
「あ、れ……?」
ふらりと身体が傾く。
ヤマトはすぐに抱き留めた。
震えている。
自分でも分かるほど。
見てしまった。
感じてしまった。
あの殺気を。
あの瞬間。
白い霧は。
漆黒へ変わっていた。
「もう、あと一歩か……」
黄泉は悲しそうに呟く。
腕の中で。
なゆたは何も知らず、嬉しそうに笑っていた。
ここまで見てくださりありがとうございます。
無意識って怖いですね




