感情があった頃
なゆたの兄、黄泉は亡くなった。そう思っていた。
明かされるなゆたの過去
叫び疲れたのか。
それとも、限界を超えたのか。
理由はわからない。
だが。
なゆたは静かに眠りについた。
穏やかな顔で。
何事も無かったみたいに、スヤスヤと。
その寝顔を見つめながら、ヤマトは小さく息を吐く。
また。
どこかへ消えてしまうんじゃないか。
そんな不安が、胸から離れなかった。
ヤマトはなゆたの隣へ座ったまま、静かにお面を見つめる。
ひび一つない、綺麗に直されたお面。
「ヤマト、それ……」
ニコが不安そうに声を漏らす。
「あぁ」
ヤマトは低く答えた。
「直されてる」
その目が細くなる。
「……サクヤ」
名前を呼ばれ、サクヤが顔を上げる。
「さっき言ってたよな」
ヤマトの声は静かだった。
「誰かがいたって」
サクヤは少し目を伏せる。
「いた」
短い返事。
「カラスが見たらしい」
そして。
静かに続けた。
「そいつは、なゆたと同じ銀髪の青年だったそうだ」
空気が止まる。
ニコの顔が強張った。
「それって……」
掠れた声。
「黄泉……様……」
その名前が出た瞬間。
ヤマトの拳が小さく握られる。
「黄泉様って、亡くなったはずじゃ……」
ニコが立ち上がる。
信じられない、という顔だった。
サクヤは静かに首を横へ振る。
「確かに亡くなった……
とは言い難い」
「どういう意味よ……」
サクヤは答える代わりに、
静かにキッチンへ向かう。
湯を沸かす音。
茶葉の香り。
まるで。
長い話になると言わんばかりだった。
そして。
その予感は当たる。
サクヤは湯呑みを置き、ヤマトを見る。
「ヤマト」
真っ直ぐな目。
逃がさない視線。
「過去の話をして欲しい」
ヤマトは黙る。
サクヤは続けた。
「なゆたを守る以上、俺たちにも知る義務がある」
静寂。
ヤマトはしばらく目を伏せたまま、動かなかった。
そして。
深く息を吐く。
「……これは」
低い声。
「まだ、なゆたに感情があった頃の話だ」
◇◆◇◆
今でも覚えている。
初めて見る王、
なゆた様は。
無邪気で。
今では考えられないほど、よく笑う子どもだった。
「兄様ー!!」
明るい声が庭へ響く。
銀髪を揺らしながら、小さななゆたが駆けていく。
その先には。
一人の青年。
同じ銀色の髪。
優しい紫色の瞳。
「なゆた」
黄泉は嬉しそうに笑った。
「どうしたんだい?」
なゆたは勢いよく抱きつく。
だが。
次の瞬間には頬を膨らませていた。
「聞いて!!」
「またヤマトに負けた!」
「あっはっは!」
後ろから楽しそうな笑い声。
赤い髪。
犬の耳と尻尾。
まだ幼さの残るヤマトが、腕を組み意地悪そうに笑っていた。
「俺に勝とうなんざ、100年早いですよ。姫様」
「あー!いじわる!」
なゆたはさらに頬を膨らませる。
「次は絶対、ボクが勝つ!!」
「望むところです」
ヤマトが笑う。
黄泉はそんな二人を見て、困ったように肩を竦めた。
「ヤマトは、なゆたに容赦ないなぁ」
穏やかな空気。
平和とは、きっとこういうことを言うのだろう。
だが。
その空気の奥には。
確かに不穏が混じっていた。
少し離れた縁側。
前王と黄泉の声が聞こえる。
「父様」
黄泉の声は苦しそうだった。
「まだ、なゆたを王に就かせるのは早いのでは……」
前王は静かに目を閉じる。
「確かに、その通りだな」
低い声。
「だが、もう長くは無いんだ」
黄泉の目が揺れる。
「しかし……っ!」
拳を握る。
「なゆたは、俺と違って半妖……!」
「それなのに、あの歳で膨大な妖力を溜め込んでいる!」
声が震える。
焦り。
恐怖。
不安。
全部滲んでいた。
「俺に出来ることは、そばに居てあげることだけです……」
黄泉は俯く。
「妖力が無い俺は……」
その瞬間。
前王がそっと、黄泉の頭へ手を置いた。
優しく撫でる。
「そう抱え込むな」
静かな声。
「黄泉」
前王は穏やかに笑った。
「俺は、お前のことも大事に思っとる」
黄泉は何も言えなかった。
ただ。
苦しそうに目を伏せるだけだった。
ここまで見て下さりありがとうございます。
なゆたとヤマトの過去編に入りました。




