繋ぎ止める手
叫ぶなゆた。そこにヤマトたちが駆けつける。
その裏で話すのは───
耳が裂けそうなほど、痛い叫び声だった。
空気が震える。
地面が揺れる。
「なゆた……?」
ヤマトの顔色が変わる。
焦りは、とっくに限界を超えていた。
切れそうな呼吸も気にせず、叫び声のした方向へ走る。
木々を掻き分ける。
枝が肌を裂く。
それでも止まれない。
嫌な予感だけが、胸を締め付けていた。
そして。
木々を抜けた先。
そこにいたのは。
頭を抱え、蹲るなゆたの姿だった。
黒い霧が周囲へ漏れ出している。
「なゆた!!」
ヤマトはすぐに駆け寄り、肩を掴んだ。
顔を上げさせる。
その瞬間。
ヤマトの顔が強張る。
焦点の合っていない瞳。
怯えきった顔。
まるで。
目の前のヤマトすら、認識できていないみたいに。
「俺だ!!分かるか?!」
「なゆた!!」
震える声。
だが。
なゆたはただ苦しそうに浅い呼吸を繰り返すだけだった。
「ヤマト」
後ろからサクヤの声。
「大きい声を出さない方がいい」
サクヤは肩へ止まったカラスと目を合わせる。
何かを伝えられているようだった。
「……さっきまで、ここに誰かいた気がする」
その言葉に、ヤマトの目が鋭くなる。
「誰かって……」
「……ねぇ、これ」
ニコの震えた声。
振り返る。
その手には。
ひび一つない、綺麗なお面があった。
ヤマトの目が見開く。
「まさ、か……」
見覚えがある。
このお面を直せるのは、一人しかいない。
だが。
そんなはずがない。
「……死んだはずだろ……」
掠れた声が零れる。
その時。
「あ”っ……う”……」
なゆたが苦しそうに声を漏らした。
「だ、れ……っ」
頭を押さえ、身体を震わせる。
「ボク、は……」
ヤマトはすぐになゆたを抱き寄せた。
まるで。
赤子をあやすように。
優しく背中を撫でる。
「大丈夫だ」
「俺がいる」
「落ち着け」
低い声。
安心させるように、何度も繰り返す。
「は、ぁ……あ”……はぁ……っ」
荒い呼吸。
震える指が、何かを探すように動く。
ヤマトの手を探していた。
すぐに。
その手を強く握る。
まるで。
“ここに自分がいる”
そう必死に繋ぎ止めるみたいに。
その手は酷く冷たかった。
ヤマトは少しだけ目を細め、強く握り返す。
離れないように。
消えてしまわないように。
「俺がわかるか?」
なゆたの瞳が揺れる。
ゆっくり。
ゆっくりと。
ヤマトを見る。
「……っ、ヤ……ヤマ、ト……」
掠れた声。
でも。
確かに名前を呼んだ。
ヤマトの表情が少しだけ緩む。
「そう」
「よく言えました」
まるで幼子へ話しかけるみたいな、
優しい声だった。
「じゃあ、自分の名前は?」
なゆたは苦しそうに呼吸を整える。
「……なゆ、た……」
「うん」
「ちゃんと言えて偉いな」
ヤマトは安心したように息を吐く。
少しずつ。
なゆたの瞳へ光が戻っていく。
「もう少し落ち着こうか」
そっと胸へ引き寄せる。
頭を撫でる。
なゆたも安心したように目を閉じ、呼吸を整えていった。
その様子を見ながら、サクヤは静かに目を伏せる。
ニコも不安そうに唇を噛んだ。
誰も気づいていない。
この森の奥で。
黒い霧が静かに揺れたことに。
◇ ◇ ◇
「あー!いた!」
明るい声が森へ響く。
「どこ行ってたんですか!」
青年は振り返り、小さく笑った。
「ちょっと散歩したくなってね」
紫の瞳が細くなる。
「いやぁ、懐かしい感じだったよ」
白衣姿の男が大きくため息を吐く。
「……まさか、会ってきたんですか?」
「ご名答」
青年は楽しそうに笑う。
「さすが、うちの課の脳」
「柊くんは頭がいいね」
「褒めても何も出ませんよ」
柊と呼ばれた男は眉間を押さえる。
「そういえば」
青年がふと思い出したように笑う。
「カクテルを飲んだんだって?」
「ネグローニだっけ?」
「……はぁ」
柊は呆れたように目を伏せた。
「あまり刺激を与えないでください」
「ほら、行きますよ」
そして。
その名前を呼ぶ。
「黄泉さん」
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