大事なお姫様
銀色の髪をした青年。
危険だと分かっているのに身体が言うことを聞かないなゆた。
ある言葉がなゆたを蝕み、出てきた名前は────
木漏れ日が揺れる。
風が吹くたび、銀色の髪がさらりと揺れた。
なゆたは青年を見つめたまま、動けずにいた。
懐かしい。
でも。
知らない。
そんな矛盾した感覚だけが胸に残る。
すると。
青年がふと、なゆたの顔へ視線を向けた。
「それ」
細い指が、お面を指差す。
「もう使えないんじゃない?」
「……え?」
「貸してみて」
自然な声。
まるで。
昔からそうしてきたみたいな口調。
なゆたは無意識にお面を外し、青年へ渡していた。
そして。
渡した後でハッとする。
(……あれ?)
違和感。
(なんで普通に渡した?)
警戒しろ。
知らない相手だ。
渡しちゃ駄目だ。
頭では分かっているのに身体が勝手に動いていた。
青年は割れたお面を見つめ、小さく目を細める。
「……妖気に追いつけなくなってるね」
「直すから、少し待ってて」
「直す……?」
青年は答えず、お面へそっと触れた。
淡い光が浮かぶ。
優しく。
包み込むような光。
なゆたは目を見開く。
「本当に君は、迷子になるのが得意だ」
青年が懐かしそうに笑う。
でも。
どこか困ったような顔だった。
なゆたは思わず問いかける。
「……ボクのこと、知ってるの?」
「そりゃあ知ってるよ」
即答だった。
優しく。
当たり前みたいに。
「君は一体——」
「はい、できた」
言葉を遮るように、お面が返される。
なゆたは息を呑んだ。
ひび割れが無い。
欠けた部分も。
まるで最初から壊れていなかったみたいに。
新品同然だった。
「……なんで」
「少し話さない?」
青年は木の根元へ腰を下ろし、自分の隣を軽く叩く。
「ここ、座りなよ」
なゆたの目が揺れる。
おかしい。いつもの自分なら。
絶対に座らない。
警戒する。
距離を取る。
なのに。
身体が勝手に動いた。
「あ、れ……」
気づけば、青年の隣へ座っている。
青年がくすりと笑う。
「君は相変わらず素直だね」
その言葉に、胸がざわつく。
(……おかしい)
なゆたは強く拳を握った。
(なんで警戒できない)
(この人、一体誰なんだ……?)
青年は空を見上げたまま、静かに問いかける。
「君は何しにここへ来たの?」
「……わからない」
自然と言葉が零れる。
止まらない。
まるで。
心の奥を勝手に引き出されているみたいに。
「仲間のところへ行こうとしたら……」
声が震える。
「話してて」
「まるで……」
俯く。
今にも泣き出しそうな声。
「ボクが足を引っ張ってるみたいで……」
青年が静かにこちらを見る。
「そう言ってたのかい?」
なゆたは小さく首を振った。
「……ううん」
「言ってない」
「そっか」
優しい声。
紫色の瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗だった。
どこか。
連れて行かれそうになる。
「君は仲間が大事なんだね」
青年が微笑む。
「でもさ」
ゆっくり身体の向きを変える。
なゆたと正面になる位置。
「仲間は、本当になゆたのこと大事にしてるのかな」
「……なま、え……」
自分の名前。
その呼び方だけで、心臓が大きく跳ねる。
青年は静かに続けた。
「俺は、そうは思わないよ」
「俺なら」
そっと。
なゆたの頬へ触れる。
びくりと肩が揺れる。
脳が警鐘を鳴らしている。
危険だと。
離れろと。
なのに。
目も。
身体も。
動かない。
「大事なら」
青年が優しく笑う。
「大事に大事に、箱へ仕舞っておくかな」
「そ、んな……こと……」
掠れた声しか出ない。
青年はさらに距離を縮める。
「ねぇ」
甘く。
優しい声。
「もう一度、俺と一緒に行こうよ」
紫の瞳が、真っ直ぐなゆたを映す。
「俺は、なゆたを幸せにできるよ」
息が止まる。
言葉が出ない。
ただ。
見つめることしかできなかった。
その時。
カァ——
鋭いカラスの鳴き声が響く。
ハッと意識が戻る。
なゆたは咄嗟に距離を取った。
「……っ」
呼吸が乱れる。
青年は小さく舌打ちするように笑った。
「なんだ」
「もう来たのか」
その目が森の奥を見る。
「さすが側近様は早いな」
ゆっくり立ち上がる。
銀髪が風に揺れた。
「また会おう、なゆた」
その笑顔は。
どこか泣きそうだった。
「次こそは、君を手に入れてみせる」
静かな声。
でも。
執着だけは隠していない。
「俺だけの」
青年が目を細める。
「大事なお姫様」
ドクン——
心臓が大きく脈打つ。
視界が揺れる。
“なゆたは大事なお姫様”
その言葉が。
頭の奥へまとわりつく。
「あ”っ……」
頭を押さえる。
痛い。
割れそうだ。
ぼやけた視界の中、青年の姿が霧のように薄れていく。
「いた……い……」
呼吸が乱れる。
「ボクは……」
頭の奥で、誰かが笑う。
赤い空。
泣き声。
伸ばされた手。
「だ、れ……」
記憶はない。
なのに。
自分が王家の1人だということは知っている。
あの人は誰?
あの人は——
「兄……様……」
その瞬間。
プツン、と。
何かが切れた。
「っあ”あ”ぁぁぁぁあ”!!!」
絶叫が森へ響く。
地面が割れる。
木々が揺れる。
黒い霧が、
一気に溢れ出した。
ここまで見て下さりありがとうございます。
粘着質な男多いですねこの作品は。
癖です。ヘケェッ




