壊れる
初めての感情。
ヤマトはただ抱きしめることしかできない
「壊れる」
なゆたが、ぽつりと呟く。
黒い霧が、ゆらりと揺れた。
「壊れる……」
視線が落ちる。
震える声。
まるで、何かを押し殺すみたいに。
「壊れる壊れる壊れる壊れる壊れるって……」
空気が重くなる。
狐火が、
激しく揺れた。
なゆたの肩が震える。
そして。
「壊れるって一体なんだよ!!!」
店内へ怒声が響く。
ニコが息を呑む。
ヤマトの目が見開かれた。
なゆたが怒鳴った。
初めてだった。
感情をここまで剥き出しにするのは。
「もう壊れてる!!」
黒い霧が溢れる。
感情に呼応するように、妖気が暴れ出した。
「なゆた!!」
ヤマトが咄嗟に抱き締める。
逃がさないように。
壊れてしまわないように。
強く。
強く。
けれど。
なゆたは止まらない。
「怖いんだよ……!」
掠れた声。
「わかんないんだよ……!」
「記憶も!」
「自分も!」
「何が本当なのかも!!」
ヤマトの服を掴む指が震える。
まるで。
必死に何かへ縋るみたいに。
「ずっと苦しくて……!」
「なのに、みんな壊れるって言う!!」
「じゃあどうすればいいんだよ!!」
涙は出ていない。
でも。
乾いた叫び声の方がずっと痛かった。
ニコは言葉を失う。
いつもなら。
何か言えたはずなのに。
今はただ黙って、なゆたを見ることしかできない。
サクヤも、静かに目を伏せていた。
ヤマトが苦しそうに息を飲む。
抱き締める腕へ、さらに力が入る。
「なゆた、もういい……!」
怖かった。
このまま。
本当に壊れてしまいそうで。
消えてしまいそうで。
怖かった。
だが。
なゆたの妖気は止まらない。
黒い霧が、店内を侵食していく。
グラスが揺れ、狐火が暴れる。
空気が軋む。
傍観者は静かに見ていた。
その目は、どこか痛ましそうだった。
「サクヤ……」
ヤマトが辛そうに顔を上げる。
助けを求めるように。
サクヤを見る。
サクヤは数秒黙った。
そして。
静かに目を閉じる。
小さく。
溜息を吐いた。
「……ごめん、なゆた」
ゆっくり近づく。
なゆたは気づかない。
いや。
気づけない。
感情が溢れすぎて、周りが見えていなかった。
サクヤの手が、そっとなゆたの首筋へ触れる。
トン——
的確な一撃。
なゆたの体から、一気に力が抜けた。
「あ……」
小さな声。
金色の瞳が、ゆっくり閉じていく。
崩れ落ちる体を、ヤマトが慌てて抱き留めた。
静寂。
さっきまで暴れていた妖気が、嘘みたいに消えていく。
黒い霧も。狐火の揺れも。
少しずつ落ち着いていった。
ヤマトはなゆたを抱えたまま、俯く。
苦しそうに、歯を食いしばって。
サクヤも、目を逸らした。
ニコは小さく拳を握る。
誰も、何も言えなかった。
ただ。
静かになった店内だけが、痛いほど現実を突きつけていた。
そして。
その光景を見つめながら。
傍観者は静かに目を細める。
「……やはり」
ぽつりと。
独り言のように呟く。
「このままでは、
いずれ本当に壊れる」
ここまで見て下さりありがとうございます。
普段、静かな子がキレると怖いですよね。




