揺れる狐火
いつも通り、店を営業する4人。
そこに現れたのは─────
夜のバーは静かだった。
グラスを磨く音。
時折聞こえる客の笑い声。
あの騒がしかった朝が嘘みたいに、いつもの空気が戻っている。
「ニコ、注文」
「はーい」
ニコは軽やかに返事をし、カウンターを滑るように動く。
サクヤは奥で静かにグラスを整え、
ヤマトは不機嫌そうに氷を砕いていた。
なゆたはカウンター席へ腰掛け、ぼんやりと店内を眺める。
平和だった。
少なくとも、そう見えた。
カラン。
扉が開く。
冷たい夜風が、店の空気を揺らした。
「オススメのカクテルください」
穏やかな声。
ニコはいつものように笑顔を向ける。
「いらっしゃいま——」
言葉が止まった。
笑顔が、一瞬で消える。
「……は?」
男は静かに笑った。
「こんばんは」
揺れる黒髪。
柔らかな物腰。
まるで普通の客みたいに、自然に椅子へ腰掛ける。
だが。
その顔を見た瞬間。
空気が変わった。
「なんであんたがここに……」
ニコの声が低くなる。
サクヤも、ゆっくり視線を向けた。
ヤマトが露骨に舌打ちする。
「帰れ」
「酷いですね」
男——傍観者は困ったように笑う。
「今日は客として来ただけですよ」
「信用できるか」
ヤマトの目が鋭くなる。
なゆたも、静かに傍観者を見つめていた。
以前会った時と同じ。
笑っているのに、何を考えているかわからない。
そんな不気味さ。
「そんな警戒しないでください」
傍観者はメニューを手に取る。
「せっかく来たんですから」
「帰って」
ニコが即答する。
「営業妨害よ」
「これは手厳しい」
傍観者は肩を竦めた。
その時だった。
ふわり。
カウンターの端で、小さな狐火が揺れた。
ほんの一瞬。
まるで風に煽られたみたいに。
サクヤの目が細くなる。
(……白夜の術)
朝。
白夜が残していった妖気。
それが。
今、反応した。
サクヤは静かに傍観者を見る。
だが。
傍観者本人は気づいていない。
普通の顔で、メニューを眺めている。
ただの人間。
だからこそ。
狐火の結界には気づけない。
「おすすめ、まだですか?」
傍観者が穏やかに聞く。
ヤマトが盛大に顔を顰めた。
「毒でも入れとくか」
「やめなさい」
ニコが即座に止める。
「いや止めるんだな」
「当たり前でしょ!?」
傍観者は小さく笑った。
「仲が良いんですね」
その言葉に、空気が少し止まる。
なゆたは無意識に眉を寄せた。
“仲が良い”
その言い方が、妙に引っかかった。
まるで。
今壊そうとしているものを、眺めているみたいだったから。
「……何しに来たの」
なゆたが静かに聞く。
傍観者は視線を向ける。
その目は、相変わらず穏やかだった。
「ただ会いに来ただけですよ」
「嘘」
即答。
傍観者は少しだけ目を丸くする。
「どうしてそう思うんです?」
「……そんな目してない」
なゆたの言葉に、ヤマトが少し目を細めた。
傍観者は数秒黙る。
そして。
ふっと笑った。
「鋭いですね」
その瞬間。
カウンターの狐火が、僅かに強く揺れた。
サクヤの手が止まる。
(……まずい)
空気が、変わる。
見えない何かが、傍観者へ反応している。
だが。
本人だけは気づかない。
傍観者は静かに頬杖をついた。
「安心してください」
「今日はまだ、何もしませんから」
“まだ”
その言葉に。
店内の空気が、
静かに冷えた。
ここまで見て下さりありがとうございます。
また現れましたねこの男




