忘却の
兄の代わり──
打ち明けられた真実になゆたは…
夜の空気が、ひどく重かった。
誰もすぐには喋れない。
鬼面に触れたまま、なゆたは動けずにいた。
冷たいはずなのに。
どこか、温かい。
まるで誰かが、今もそこにいるみたいに。
「……魂を使ったって」
ニコが小さく呟く。
「そんなこと、できるの?」
クロガネは静かに頷いた。
「封印術」
「命を代価に、王の暴走を抑える」
サクヤが目を伏せる。
「禁術か」
「本来、使うべきものではない」
クロガネの声は低い。
「だが、あの日はそれしかなかった」
空気が張る。
ヤマトの拳が、強く握られていた。
なゆたは、ゆっくり顔を上げる。
「あの日って……何」
誰も答えない。
沈黙。
その静けさが、逆に答えだった。
(……ボクは)
何をした。
頭の奥で、黒い霧が渦巻く。
断片が、ちらつく。
血。
叫び声。
崩れる城。
そして。
誰かの手。
「……兄ちゃん」
無意識に零れた声だった。
ヤマトの目が揺れる。
クロガネも、静かに目を細めた。
「っ……!」
頭痛。
なゆたがよろめく。
ヤマトが咄嗟に支える。
「無理に思い出すな!」
珍しく、強い声だった。
なゆたは息を呑む。
ヤマトは、苦しそうに顔を歪めている。
「……ヤマト」
「今はまだ駄目だ」
震える声。
それは、命令じゃない。
懇願だった。
「思い出したら、お前は——」
そこまで言って、ヤマトは止まる。
言えなかった。
なゆたは、静かにヤマトを見る。
(……何を隠してるの)
その時。
ふわり、と。
青い狐火が灯った。
「湿っぽい空気やなぁ」
全員が振り返る。
「またお前か」
ヤマトが舌打ちする。
崩れた壁の上。
九尾が座っていた。
狐火を指先で弄びながら、面倒そうにため息をつく。
「ちょっと境界閉じに行っとっただけや」
「戻ったら、えらい空気になっとるし」
ニコが呆れる。
「気配消して出てくるのやめてくれる?」
「無理やな」
九尾は笑う。
その視線が、鬼面へ向いた。
ひび。
確実に広がっている。
九尾の笑みが、少しだけ消えた。
「……もうそこまで来とるんか」
低い声。
なゆたは、九尾を見る。
「知ってるの」
九尾は少し黙った。
狐火だけが揺れる。
「その面を作った奴なら」
空気が止まる。
ヤマトが鋭く睨む。
「余計なこと言うな」
「今さら隠してどないすんねん」
九尾の声も低い。
空気が張り詰める。
サクヤが静かに二人を見る。
ニコも、冗談を言えなかった。
なゆたは、ただ九尾を見ていた。
九尾は、小さく息を吐く。
そして。
静かに口を開く。
「……お前の…」
「黙れって言ってんだろ!」
ヤマトの声になゆたは肩を震わす。
「……ヤマ…」
声にならない。
「頼むから、なにもまだ言わないでくれ…」
弱いヤマトの声。
異常なほど、ヤマトは隠したがる。
記憶が無くなる前、自分が何をしていたのか。
そこだけが、ぽっかりと抜け落ちていた。
(……なんで)
思い出せない。
思い出そうとした瞬間、頭の奥を黒い霧が覆い潰していく。
わからない。
何も。
ただ。
胸の奥だけが、壊れそうなくらい痛かった。
記憶が、霧に飲まれていく。
「やめろ」
ヤマトの声。
低く、怒気が混じっていた。
「これ以上話せば殺す」
九尾も睨み返す。
「いつか知ることや」
「なら今でも同じやろ」
「違う」
ヤマトが静かに言う
その声に、全員が固まった。
ヤマトは、苦しそうに息をしていた。
「今思い出したら、なゆたは壊れる」
沈黙。
九尾は、静かにヤマトを見る。
そして。
少しだけ目を細めた。
「……お前」
「ほんまに兄の代わりになっとるんやな」
ヤマトは答えない。
なゆたは、ゆっくりヤマトを見る。
胸の奥が、痛い。
ずっと隣にいた。
守ってくれた。
兄代わりってなに…?
でも。
その事実が、妙に苦しかった。
「……ボク」
小さく声が漏れる。
「誰か、殺したの…?」
誰も答えない。
答えられない。
ただ。
鬼面の奥で。
遠い誰かの声だけが、静かに響いていた。
――泣くな、なゆた。
優しい声だった。
ここまで見て下さりありがとうございます。




