鬼面に残るもの
ヤマトとクロガネの関係性、知らない過去。
九尾が去ったあとも、その場には重い沈黙が残っていた。
夜風だけが、静かに吹き抜ける。
なゆたは、鬼面へ触れていた。
ひび。
確実に広がっている。
「……」
嫌な感覚だった。
まるで。
この面の奥にある“何か”が、外へ出たがっているような。
「戻るぞ」
サクヤが低く言った。
「長居は危険だ」
ヤマトも頷く。
「人間界側の境界が閉じる前に抜ける」
ニコが小さく息を吐いた。
「ほんと、帰るたび命懸けなんだけど」
「今さらだろ」
「慣れたくないのよ!」
そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が緩む。
だが。
クロガネだけは、じっとなゆたを見ていた。
赤い目。
まるで何かを思い出しているような視線。
「……半妖」
ヤマトの目が細くなる。
クロガネは、ゆっくり頭を下げた。
「失礼した」
「王」
空気が止まる。
なゆたが眉を顰める。
「その呼び方やめて」
「……」
「ボクは王じゃない」
クロガネは少し黙った。
だが。
「王命を受領済み」
「護衛対象を王と認識」
「融通効かなっ!」
ニコが頭を抱える。
ヤマトが小さく舌打ちした。
「だから面倒なんだよ、昔の護衛連中は」
その言葉に、
クロガネの目がわずかに動く。
「……近衛筆頭」
「まだ生存していたか」
「しぶとくな」
ヤマトは短く返した。
その空気に、ニコが目を細める。
「ほんとに知り合いだったのね」
クロガネは静かに頷く。
「王家直属護衛隊」
「ヤマトはその頂点だった」
なゆたは、静かにヤマトを見る。
「……本当に、ずっとボクの側にいたの」
ヤマトは視線を逸らした。
「ガキの頃からな」
それだけだった。
でも。
その声は、少しだけ柔らかかった。
胸の奥が、小さく軋む。
断片。
白い部屋。
誰かの背中。
優しい手。
(……兄ちゃん)
頭痛。
ぐらりと視界が揺れる。
「っ……!」
黒い霧が、一気に溢れた。
「なゆた!」
ヤマトが咄嗟に肩を掴む。
霧が暴れる。
周囲の空気が軋む。
サクヤが槍へ手をかける。
ニコの爪が伸びる。
クロガネも即座に前へ出た。
「暴走反応確認」
だが。
ヤマトだけは、なゆたを強く抱き寄せる。
「見るな」
低い声。
「思い出そうとするな」
その声が、少しだけ霧を静める。
なゆたは荒い呼吸を繰り返した。
「はぁ……っ」
頭の奥で、何かが叫んでいる。
“思い出せ”
“思い出すな”
二つの声が、
ぶつかり合う。
その時。
パキ。
鬼面のひびが、
さらに大きく走った。
全員の顔色が変わる。
「……まずいな」
サクヤが低く呟く。
「限界が近い」
ニコが息を呑む。
「これ、
壊れたらどうなるの」
誰も答えない。
答えられない。
だが。
クロガネだけが、静かに鬼面を見ていた。
そして。
掠れた声で呟く。
「……まだ残っていたか」
ヤマトの目が鋭くなる。
「何を知ってる」
クロガネは、
ゆっくりなゆたを見る。
赤い目の奥に、わずかな感情が揺れていた。
「その鬼面」
「王家の者が作ったものだ」
静寂。
「王家の……?」
ニコが眉を顰める。
クロガネは頷く。
「1人だけ術を使える王家の者がいた」
「その面は、ただ妖気を抑えているわけではない」
なゆたの指先が止まる。
「……どういうこと」
クロガネは少し黙った。
まるで。
言うべきか迷うように。
そして。
静かに口を開く。
「その面には、術者の魂が一部使われている」
空気が凍る。
ヤマトの表情が、初めて大きく変わった。
なゆたは、ゆっくり鬼面へ触れる。
冷たい。
でも。
どこか、温かい気がした。
「……誰が」
小さく問う。
クロガネは、答えない。
代わりに。
静かに目を伏せた。
その沈黙だけで、十分だった。
ヤマトが、苦しそうに目を閉じる。
なゆたの胸が、強く痛んだ。
知らないはずなのに。
わからないはずなのに。
涙が出そうになる。
鬼面の奥で。
遠い記憶の誰かが、
笑った気がした。
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