鬼面
割れ進む鬼面。なゆたは何を思うのか
空気が、凍った。
「その面、外してみ」
九尾の言葉だけが、静かに響く。
誰もすぐには動かなかった。
ヤマトの視線が鋭くなる。
「……何のつもりだ」
低い声。
九尾は肩を竦めた。
「別に大した意味やない」
「ただ確認したいだけや」
「確認?」
ニコが眉を顰める。
九尾は、なゆたから目を逸らさない。
狐火だけが、静かに揺れていた。
「その鬼面、抑えるためのもんやろ」
なゆたの指先が、わずかに止まる。
「……知ってるの」
「そら知っとる」
九尾は静かに笑う。
「昔から見とったしな」
その言葉に、胸の奥がざわつく。
鬼面へ触れる。
冷たい感触。
ひびは、少しずつ広がっていた。
(……外したら)
嫌な予感がした。
ヤマトが一歩前へ出る。
「やめとけ」
即答だった。
「今ここで外す必要はねぇ」
「でも」
なゆたは小さく呟く。
九尾は、何かを知っている。そんな気がした。
サクヤが静かに口を開いた。
「危険性が高い」
「境界付近だ。妖気の流れも不安定になっている」
「暴走の可能性がある」
九尾は、その言葉に小さく笑う。
「もう遅いやろ」
全員が見る。
九尾は空を見上げた。
赤い空。
揺れる妖気。
「境界はもう歪み始めとる」
「……」
「半妖が暴れたせいでな」
ニコが息を呑む。
ヤマトの表情が険しくなる。
「……やっぱりか」
九尾は頷いた。
「前までは、簡単に行き来なんか出来ひんかった」
「せやけど今は違う」
狐火が、ふわりと浮かぶ。
「人間界と妖怪の国、繋がり始めとる」
静寂。
なゆたは、ゆっくり拳を握った。
(……ボクのせい)
黒い霧が、指先から滲む。
ヤマトがその手を掴んだ。
「気にすんな」
「でも——」
「全部お前一人のせいにすんな」
強い声だった。
逃がさないような。
九尾は、その様子を黙って見ていた。
そして。
小さく目を細める。
「……変わらへんな、ヤマト」
「うるせぇよ」
即答。
九尾は少し笑った。
だが、その笑みはすぐ消える。
「このまま歪みが広がれば、そのうち妖怪が普通に人間界へ流れ込む」
サクヤの顔が険しくなる。
「最悪だな」
「せやから、しばらくは俺が境界を閉じとく」
ニコが驚く。
「そんなことできるの?」
「狐を舐めたらあかん」
九尾は楽しげに笑った。
「得意分野や」
ヤマトは眉を顰めたまま。
「……信用ならねぇ」
「別に信用されんでもええ」
九尾は軽く返す。
「困るんはお前らも同じやろ」
沈黙。
否定できなかった。
今、境界が完全に壊れれば、世界そのものが崩れる。
なゆたは静かに目を伏せた。
その時。
パキ。
小さな音。
全員の視線が集まる。
鬼面のひび。
また、広がっていた。
「っ……」
頭痛。
視界が揺れる。
黒い霧が、一気に溢れた。
「なゆた!」
ヤマトが支える。
だが。
九尾だけは、じっと鬼面を見ていた。
「……限界やな」
低い声。
「その面、もう長く持たへん」
空気が重くなる。
なゆたの呼吸が乱れる。
(……壊れる)
もし。
この面が壊れたら。
自分はどうなる。
九尾は、静かに立ち上がった。
「祢々切丸を探すんやろ」
「なら急ぎ」
狐火が揺れる。
「面が壊れる方が先や」
その言葉を残し、九尾は背を向ける。
「待て」
ヤマトが呼ぶ。
九尾は止まらない。
「どこ行く」
「境界閉じに行くんや」
振り返らず、
軽く手を振る。
「ほなまたな」
狐火が夜へ溶ける。
静寂。
ニコが小さく息を吐いた。
「……嵐みたいなやつ」
「昔からだ」
ヤマトが低く返す。
なゆたは、消えた狐火を見つめていた。
“なゆた”
そう呼ばれた声が、
まだ耳に残っている。
鬼面へ触れる。
ひびは、止まらない。
そして。
胸の奥で、
何かが目を覚まし始めていた。
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