残された名
ヤマトの事実が少し明かされる
夜風が、静かに街を抜けていく。
妖怪達のざわめきから離れ、四人とクロガネは、崩れた建物の影へ移動していた。
赤い空は相変わらず不気味で、どこか落ち着かない。
「……で」
ニコが振り返る。
後ろ。
巨大な黒鎧。
「ほんとについてくるの?」
クロガネは即答した。
「護衛任務を遂行中」
「真面目か」
ヤマトが小さく息を吐く。
クロガネは、
なゆたの数歩後ろを一定距離で歩いていた。
その姿は、まるで影だ。
「目立つわねぇ……」
ニコが頭を抱える。
「人間界なんか行ったら大騒ぎよ」
「そもそも境界を抜けられる保証もない」
サクヤが静かに言った。
「妖気が強すぎる」
クロガネは少し黙る。
「……問題ない」
「いや問題しかないわよ」
ニコが即答した。
そのやり取りを聞きながら、なゆたは黙って前を歩いていた。
鬼面のひびを、指先でなぞる。
まだ消えない。
むしろ、少しずつ広がっている気さえした。
(……祢々切丸)
この国にはない。
なら次は、人間界で探すしかない。
その時。
クロガネが低く呟いた。
「……近衛筆頭の総大将」
ヤマトの足が止まる。
空気が変わった。
サクヤがゆっくり目を細める。
「今、なんと?」
クロガネの赤い目が、ヤマトを見る。
「王家直属護衛隊」
「その大将がヤマトだった」
沈黙。
ニコが固まる。
「そうだっけ…?」
ヤマトは面倒そうに頭を掻いた。
「なんで思い出させるんだよ」
「いやいやいや、そんな重要そうなこと隠してたの!?」
「別に今さらだろ」
「今さらがデカいのよ!」
サクヤは静かにヤマトを見る。
「……なぜ忘れてる?」
ヤマトは少しだけ目を伏せた。
「昔の話だ」
それだけだった。
だが。
クロガネは続ける。
「幼少より王家へ仕え、常に半妖の側にいた」
なゆたの目が、わずかに揺れる。
「……ボクの?」
ヤマトは答えない。
代わりに、小さく息を吐いた。
その沈黙だけで、十分だった。
断片的な景色が、脳裏を掠める。
白い廊下。
幼い自分。
そして。
隣を歩く、
誰か。
(……兄)
胸が、小さく痛んだ。
ヤマトがすぐ視線を逸らす。
「思い出そうとすんな」
低い声。
「まだ無理だ」
優しい声だった。
だが。
その時。
ふわり、と。
青い狐火が揺れた。
「相変わらず過保護やなぁ」
全員が振り返る。
崩れた塀の上。
九尾が座っていた。
長い髪が、夜風に揺れる。その口元には、いつもの笑み。
「……お前」
ヤマトの目が冷える。
九尾は肩を竦めた。
「そんな睨まんでもええやろ」
狐火が揺れる。
その視線は、なゆたへ向いていた。
ほんの少しだけ、柔らかく。
「……なゆた」
空気が止まる。
ニコが瞬きをした。
サクヤも目を細める。
ヤマトだけが、静かに九尾を見る。
なゆた自身も、少しだけ驚いていた。
今まで。
ずっと。
“半妖”としか呼ばれなかった。
九尾は、自分でも気づいていないようだった。
そのまま続ける。
「ほんまに覚えてへんのやな」
「……何を」
九尾は少し黙る。
そして。
静かに笑った。
「昔は、よう笑っとった」
胸がざわつく。
頭痛。
黒い霧が、わずかに漏れた。
ヤマトがすぐ肩を掴む。
「なゆた」
その声で、意識が戻る。
九尾はその様子を見て、小さく目を細めた。
「……変わったな」
その言葉は、どこか寂しそうだった。
沈黙。
やがて、サクヤが口を開く。
「祢々切丸について何か知っているのか」
九尾は視線を逸らした。
「封印庫の場所くらいや」
「ただ、もう空やけどな」
「……」
「けど、手掛かりは残っとるかもしれへん」
ヤマトが低く聞く。
「どこだ」
九尾は、少しだけ笑った。
「教えてもええけど」
「条件がある」
「は?」
ニコが眉を顰める。
九尾は、なゆたを見る。
まっすぐ。
昔を探すような目で。
「その面、外してみ」
空気が凍った。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
陽気な人ほどすごい人物ってよく居ますよね。それです




