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王の残響

なゆたが黒鎧に下した初めての命令。

九尾は何を思うのか

黒鎧が、なゆたの前に膝をついていた。


巨大な体。


地面へ突き刺さった大剣。


そして。


まるで王へ忠誠を誓うように、深く頭を垂れている。


静寂。


周囲を囲んでいた妖怪達も、動けずにいた。


「……は」


ニコが乾いた声を漏らす。


「なによこれ」


サクヤも目を細めたまま、黒鎧を睨んでいる。


「まさか…」


ヤマトだけが、静かに状況を見ていた。


「王家への服従本能」


低い声。


「まだ残っていたのか」


なゆたは動けなかった。

鬼面の奥で、ただ黒鎧を見下ろしている。

胸の奥が、妙にざわついていた。


(……嫌だ)


こんなの。

命令一つで、誰かを従わせる力なんて。

黒い霧が、わずかに揺れる。


その時。


黒鎧が掠れた声を漏らした。


「……命令を」


空気が張る。

ヤマトが即座に、なゆたの前へ立った。


「喋れんのか」


黒鎧は、ゆっくり顔を上げる。


赤い目。


その奥には、苦しみのようなものが滲んでいた。


「……長、かった」


掠れた声。

まるで何十年も喋っていなかったような、

壊れた音。


「王が……いない」

「止まれなかった」


周囲の妖怪達が、ざわめく。


恐怖。


怯え。


そして——嫌悪。


「……そういうこと」


ニコが小さく呟く。


「こいつ、自分を止められなくなったのね」


九尾の狐火が、静かに揺れた。


「王家の護衛は、王の命令ありきで動く」

「王がおらんくなれば、壊れるしかない」


その声音は、どこか苦かった。


黒鎧は、再び頭を下げた。


「ご命令を」

「……もう、喰いたくない」


沈黙。


なゆたの目が揺れる。


その言葉は、思った以上に重かった。

化け物じゃない。

壊れたのだ。

誰にも止めてもらえず、


ずっと。


「……なゆた」


ヤマトが低く呼ぶ。


声は静かだった。


止めるでもなく、促すでもない。

ただ、隣にいる声。


なゆたは、ゆっくり黒鎧へ近づいた。


周囲の妖怪達が息を呑む。


鬼面の奥。


静かな視線。


「名前は」


黒鎧が、わずかに反応する。


「……クロガネ」


「クロガネ」


なゆたは小さく繰り返した。


黒鎧——クロガネは、再び深く頭を下げる。


「ご命令を」


なゆたは、少しだけ目を伏せた。


(命令)


その言葉が、妙に嫌だった。


誰かを縛る響き。

誰かを壊す響き。


九尾が、黙って見ている。

まるで、なゆたが何を選ぶのか確かめるように。


やがて。


なゆたは静かに口を開いた。


「……もう誰も喰うな」


クロガネの赤い目が、わずかに揺れる。


「それが命令」


静寂。


次の瞬間。


クロガネの巨大な妖気が、少しだけ静まった。


まるで。


長年続いた苦痛が、初めて止まったように。


「……承知」


掠れた声。


その瞬間。


周囲の妖怪達が、一斉にざわついた。


「止まった……?」

「嘘だろ……」

「王命だ……」


恐怖と動揺が広がる。


ヤマトが、小さく舌打ちした。


「目立ったな」


「ええ、最悪なくらいに」


ニコが額を押さえる。サクヤは周囲を警戒していた。


「噂は一気に広がる」

「“王の血が戻った”とな」


その言葉に。


空気が少し重くなる。


なゆたは、ゆっくり拳を握った。


王。


そんなものになる気はない。


なのに。


周囲は勝手に、そう見る。


九尾の狐火が、静かに揺れた。


「……皮肉やな」


低い声。


「望んでへん奴ほど、王に近い」


なゆたは答えない。


すると。


クロガネが、ゆっくり立ち上がった。


巨大な影。


そのまま、なゆたの後ろへ回る。


「おい」


ヤマトが眉を顰める。


クロガネは、静かに頭を下げた。


「護衛する」


「は?」


ニコが固まる。


「いらねぇよ」


ヤマトが即答する。


だが。


クロガネは動かなかった。


「王命を受領」


「護衛を開始する」


「いや聞けよ」


ヤマトがツッコむ。


その様子を見て。

九尾が、小さく笑った。

本当に、少しだけ。


昔を思い出すような、

寂しい笑いだった。

ここまで読んでくださりありがとうございます

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