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偽りの居場所

境界の崩壊は、止まらなかった。


黒い亀裂が空間を喰い潰し、

足場が次々と砕け落ちていく。


その中心で。


ヤマトは、大剣を握ったまま動けずにいた。


震えている。


腕も。


呼吸も。


黒い妖気が、

全身にまとわりつくように暴れていた。


「っ……ぁ……!」


「ヤマト!」


なゆたが駆け寄ろうとする。


だが。


「来るな!!」


怒鳴り声が響く。


ヤマトが、自分の腕を押さえ込むように膝をついた。


「……近づくな」


掠れた声。


「今、来たら……傷つける」


黒い霧が、

なゆたの周囲で揺れる。


また失う。


そんな感覚が、胸を締め付ける。


「なゆた!」


ニコが腕を掴む。


「今は離れなさい!」


「でも…」


「今のヤマトは正常じゃない!」


その瞬間。


大剣が地面へ叩きつけられる。

境界が、大きく裂けた。


「っ……!」


サクヤが槍を構える。


「限界だ」


低い声。


「九尾の支配と、境界崩壊が干渉してる」


狐火が、静かに揺れた。

九尾は少し離れた場所から、それを見ている。


「……頑丈やなぁ」


ぽつりと呟く。


「普通なら、とっくに壊れてる」


ヤマトが顔を上げる。

黒い目。


だがその奥で、必死に抗っているのがわかった。


「……なゆた」


震える声。


「聞け」


「……うん」


なゆたは、小さく頷く。


ヤマトは、苦しそうに息を吐いた。


「もし俺が……完全に持ってかれたら」


その先を、言わせたくなかった。


「嫌だ…」


即答。


「そんなの、嫌だ」


「聞け」


ヤマトが低く言う。


「お前は生きろ。生きて欲しい」


その言葉に。


なゆたの胸が、強く痛んだ。


生きろ。


まただ。


その言葉を聞くたび、頭の奥が軋む。


血の匂い。


赤い夜。


誰かの腕。


「……っ」


視界がぶれる。

黒い霧が、急激に膨れ上がった。


「なゆた!?」


ニコが息を呑む。


鬼面の割れた部分から、霧が溢れていく。


その時。


九尾が、ゆっくり目を細めた。


「……そういうことか」


狐火が揺れ、ヤマトの影から九尾が現れる。


「なっ…ヤマトの中から出て──」


「お前」


九尾の視線が、ヤマトへ向く。


「兄の記憶を刷り込んどるやろ」


空気が止まる。


ヤマトの表情が、わずかに固まった。


なゆたは眉を顰める。


「……何」


九尾は静かに笑った。


「やっと繋がったわ」


狐火が、ゆらりと揺れる。


「おかしい思うてた」

「兄は死んだはずなんに兄と呼ぶ理由…そして、あの記憶────」


「黙れ!!!」


ヤマトが大剣を握り振りかざす。


「支配した後なんによぉ動けるわ」


手を前に出し、動きを止める。

そして、耳元に顔を近づけた。


「お前」


笑みを深くする。


「記憶のないこいつに自分が兄やと洗脳しとるやろ」

「もしくは命令か?」


「……っ」


その瞬間、


ヤマトの顔が強ばる。


九尾は、

なゆたを見た。


「覚えてへんのか」


低く、

静かな声。


「お前の兄は、とっくに死んどるっていうんに」


強い殺意


黒い霧が爆発した。

境界が大きく揺れる。


「なゆた!!」


サクヤが叫ぶ。


だが、なゆたには届かない。


頭の奥で、何かが軋んでいた。


赤い空。


叫び声。


泣き声。


血の匂い。


倒れる誰か。


「……ぁ……」


息が苦しい。


思い出したくない。


なのに。


「違う」


震える声が漏れる。


「兄ちゃんは……」


視線が、

ヤマトへ向く。


ヤマトは、何も言えなかった。

その沈黙だけで、十分だった。


なゆたの顔から、血の気が引いていく。


「……なんで」


ヤマトが目を閉じる。


「……なゆた、俺を信じて欲しい」


黒い妖気が、

再び暴れ始める。


「俺だけを信じろ」


静かな声。


なゆたの瞳が揺れる。


九尾は黙って見ていた。


その目には、嘲笑はなかった。

ただ、妙に静かな感情だけがある。


「ほんま、変わっとる」


九尾が呟く。


「支配やなくて、嘘で繋ぎ止めるんやから」


ヤマトが睨む。


「……うるせぇ」


「せやけど」


狐火が揺れる。


「お前も怖かったんやろ」


九尾の声が、静かに落ちた。


「こいつを失うんが」


沈黙。


誰も否定できなかった。


その時。


巨大な音。


境界の天井が、完全に崩れ落ちる。


「まずい!!」


サクヤが槍を構える。


「全員飲まれるぞ!」


崩壊が、

すぐそこまで迫っていた。

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