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忘却の境界

支配って強いね

崩壊音が、止まらない。


境界そのものが砕け、

闇が剥がれ落ちていく。


無数の扉が、

悲鳴のような音を立てながら消えていく。


「急げ!」


サクヤが叫ぶ。


槍を地面へ突き立て、

崩れ落ちる足場を無理やり固定する。

だが、それも長くは持たない。


「こっちや」


狐火が揺れる。


闇の奥。


九尾の声だけが、

妙にはっきり響いていた。


「……信用できない」


ニコが低く吐き捨てる。


「それでも行くしかない!」


サクヤが即答する。


背後では、

巨大な亀裂がこちらへ迫っていた。

飲み込まれれば終わる。


ヤマトは自分の中にいる九尾と戦っていた。


赤い妖気が、

全身に絡みついている。


「ぐっ……ぁ……!」


「ヤマト!」


なゆたが駆け寄ろうとする。


だが。


「来るな!」


怒鳴り声。


ヤマトが顔を上げる。


黒い瞳の奥、

ほんの一瞬だけ、

いつもの光が戻っていた。


「俺に近づくな……!」


直後。


妖気が爆ぜる。


大剣が地面を砕いた。


衝撃で、

なゆたの体が吹き飛ばされる。


「なゆた!」


ニコが咄嗟に受け止めた。


「っ……ありがと」


だが、

なゆたの視線はヤマトから離れない。


「兄ちゃん……」


その呟きに。


九尾の狐火が、

わずかに揺れた。


(……またや)


その呼び方。


昔のなゆたは、

誰をそう呼んでいた。


九尾は眉を寄せる。


なゆたの兄は死んだ。

それは知っている。


なのに。


なぜ今、

目の前の男へその言葉を向ける。


「……記憶が混ざっとるんか」


小さく呟く。


だが、

その声は誰にも届かない。


「九尾!」


サクヤが鋭く睨む。


「遊んでいる場合か!」


「遊んでへんよ」


狐火が細くなる。


「こっちも余裕ない」


その瞬間。


バキバキッ!!


巨大な音。


空間そのものが裂けた。


「っ……!」


ニコの顔が青ざめる。


裂け目の奥。

そこには何もなかった。


光も。


闇も。


音すらない“無”。


「落ちたら終わりだ」


サクヤが低く言う。


「存在ごと消える」


「さらっと怖ぇこと言うなよ……!」


ヤマトが苦しげに笑う。


だがその直後、

表情が歪んだ。


赤い妖気が、

さらに濃くなる。


「っ……ぁあ!!」


膝をつく。


九尾の声が響いた。


「そろそろ限界やな」


「……何」


なゆたが睨む。


狐火の奥で、

九尾が小さく笑った気配がした。


「支配っちゅうんはな、壊れかけが一番効く」


ヤマトの指が震える。


大剣を握る手に、さらに力が入った。


「やめろ……!」


ヤマト自身が抗っている。


だが止まらない。


「っ、なゆた……逃げろ……!」


その声に。


なゆたの胸の奥が、

強く痛んだ。


━━逃げろ


その言葉。


昔にも聞いた気がした。


一瞬。


視界が揺れる。


血。


誰かの手。


泣き声。


赤い夜。


「……っ」


頭が痛む。


黒い霧が、急激にざわついた。


「なゆた?」


ニコが顔を覗き込む。


だが、なゆたの耳には届かない。


━━逃げろ、なゆた


知らないはずの声。


なのに。


胸が潰れそうになる。


「……誰」


無意識に零れた。


その瞬間。


九尾の気配が、わずかに止まった。


「……思い出しかけとる?」


低い声。


初めて、九尾に焦りが混じる。

サクヤが鋭く反応した。


「何を知ってる」


「……別に」


九尾は誤魔化すように笑う。

だが、狐火の揺れが乱れていた。


「今はそんなことより、生き残る方が先やろ」


崩壊が迫る。


足場が消えていく。

ヤマトの妖気が、限界まで膨れ上がる。


「まずい!」


サクヤが叫ぶ。


「暴走する!」


その瞬間。


ヤマトが、なゆたへ向かって飛び出した。


大剣が振り上がる。


避けられない。


だが。


「っ……!」


ヤマトの動きが、途中で止まった。


震える腕。


黒い目。


苦しそうに歪む表情。


「……逃げろって、言ってんだろ……!」


限界だった。


支配を抑え込めるのも。

意識を保つのも。


全部。


「ヤマト……!」


なゆたが手を伸ばす。


その時。


九尾が、静かに呟いた。


「……ほんま、おもろいな」


狐火が揺れる。


「お前ら」


その声は。


どこか寂しそうだった。

ここまで見て下さりありがとうございます

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