来ない常連
その日、リンネが来ることはなかった。
カウンターに肘を着いて玄関を見つめるヤマト。
「ちょっと、いつまでそうしてんのよ。はいこれ。床拭いてきてちょうだい」
「はぁ…」
ヤマトは渋々モップを受け取り床を拭く。
「あんな落ち込むことか…?」
「目が覚めて3日目。まだ3日よ?ヤマトってあんな重い男だったの…?」
いつもなら何か言い返してくるヤマトも無気力に掃除をしていた。ニコはおずおずとヤマトに近づく。
「ヤ、ヤマト!ほら、今日はリンネちゃん…そのー…忙しかったと思うし明日は来るわよ!」
「……あぁ…」
小さく返事をし無心で手を動かす。
すぐに白夜の隣に戻りヤマトを指さす。
「めんっっっどくさ!!!なにあいつ!!ちょーめんどくさいんですけど?!」
「喜怒哀楽の激しいやつやわほんと」
店は閉まり、ヤマトは自室に行く。
全身包帯だらけの身体を見る。
「い"っ…」
傷が痛む。ヤマトは屈みこみ、大きく深呼吸をする。
それでも店には出たい。リンネが来るかもしれないから。
布団に入り目を閉じる。脳裏にはリンネの姿。
「俺ってこんな女々しい男だったっけ…」
意識が遠くなりそのまま眠りにつく。
何も無い日常。
何も無い日中。
ただ頭の中はリンネのことだけ。
起きれば、また夜がくる。
それでも、
リンネは来ない。
次の日も。
また次の日も。
気づけば目を覚ましてから1週間が経っていた。
「なぁ…ニコ。包帯まだ取っちゃダメか?」
「あんたが無駄に鍛錬しているから傷がまだ塞がってないわ。それどころか深く切られたところ、まだ少し血も出てる」
「焦る気持ちも分かるけど、今は回復に専念しなさい」
目覚めてから休むことなくずっと鍛錬をしていた。
そのせいで傷が治らない。
だからといってニコに能力を使わせたくない。能力を使えば妖力も使うから。
焦る気持ちは積もるばかり。
「はぁ…」
さすがに限界を迎えていた。リンネと出会ってからここまで長く会わないことはなかった。
曇天。
ヤマトは立ち上がる。
「ちょっと、出かけてくる」
「その傷でどこ行くのよ」
「すぐ戻ってくるから」
ヤマトの顔にニコはなにも言えない。
「それなら誰か一緒に──」
「俺1人で行ってくる」
そのまま外に出るヤマトを3人は見つめることしかできなかった。
「まぁ、付き合って間もない恋人。しかもあんだけくっついとったらさすがに不安にもなるやろ」
「前はあんなんじゃなかったのに」
「付き合う人物によって人は変わるんやで」
白夜はお茶をすする。揺れる尾は少し下に下がる。
「けどまぁ…さすがに俺もリンネちゃんが心配やわ」
「それは私もよ。サクヤも新しいリンネちゃん専用のお通し食べてもらいたくてうずうずしているし」
「……倉庫を片付けてくる。今日は暇だ。店の大掃除をしよう」
「そうしましょ」
3人は立ち上がり掃除を始めた。
◇◆◇◆
どんよりとした気温。
まるで今の気持ちを表しているかのような。
ジメジメとした暑さ。それでもヤマトは長袖のパーカーを着て頭にフードを被る。
まるで視界を遮り、ひとつの道を辿るかのように。
パーカーのポケットに突っ込まれた手を強く握る。
向かう先はただ1つ。
スカウト、ナンパ。
それらに声をかけられても聞こえてないかのように足を進める。
雑音だけが耳に響く。
「リンネ…」
綺麗な銀髪に吸い込まれるような金色の瞳。
出会った時は無表情だったのに一緒にいると時々見せる喜怒哀楽。
足を止める。
着いたのはリンネが住んでいるアパート。
迷うことなく足を前に出す。
インターホンに触れる。
震える手。
緊張が全身から伝わる。
「…っふー」
呼吸を整え、押す。
反応のないドア。
「居ねぇのかな…」
踵を返し1歩踏み出した。
次の瞬間、
ドンッ
リンネの部屋からなにかが倒れる音。即座に振り向きドアノブに手をかける。
鍵がかかっているかもしれない。
そんなことは頭にはなくドアノブを回す。
扉が開く。
「……開いてる…?」
瞬きの間、冷静になる。
鍵がかかっていない。
嫌な予感が背筋を走る。すぐ焦りで手が震える。
顔を上げる。
目の前に見えた光景は──
床に倒れているリンネの姿。




