シャワーの音
「よし、行ったな。大丈夫か?」
「………」
「リンネ?」
ハッとしたようにヤマトの顔を見る。
「だい、じょうぶ…」
ヤマトは周りを警戒しながら路地を歩く。
「なんで追われてたか聞いていいか?」
「…仕事で失敗して…」
「失敗なんて誰にでもあるけどあそこまで追いかけられる?」
リンネは黙る。その様子を見て頭を撫でる。
「まぁ、いいさ。無事なら。それよりベッタベタだな…どうしようか」
「寒い……」
「そうっぽいな。とりあえず、店に行こうか」
歩き出した瞬間、目の前に2人の男。
「見つけたぞクソガキ」
「男なんか捕まえてどうするつもりだ」
「……っ?!しつこい…っ」
ヤマトは咄嗟にリンネを寄せ庇う。
「なぁ、俺ら雨に濡れて寒いんだ。通してくれねぇか?」
「その女を置いてってくれたら通してもいい」
「…そうか」
「なんでこの子は追われているか聞いていいか?」
リンネはヤマトの顔を見る。ヤマトは様子を伺うように相手を凝視。
「そいつはいい材料だ。そんだけの顔なら高く売れる」
「人身売買、か?」
「そうだ。わかったら───」
気づけば横にヤマトが居ない。前を見ると1人の男に回し蹴りを入れている。
「てめぇ…!」
すかさず着地し回し蹴りの軌道でまた相手を蹴る。
「売るだ?ふざけてんのかてめぇら」
低く、
重たい声。
「あの子は俺の女だ。誰にも触れさせない。誰にも映させない。ふざけたこと言ってんなら殺しちまうぞ…」
「いたぞ!」
「なんだ?!やられたのか?!」
「次から次へと…鬱陶しいな……あの子が欲しけりゃ俺を殺してから手に入れろ。俺は殺す気で守るだけだ」
相手は人間。それでも容赦なく殴る。
「やっぱ人間は弱いな…」
「きさ、ま…っ」
「まだ喋る余裕があるみてぇだな」
ヤマトは拳を上げる。
その瞬間、
後ろから抱きつかれる。振り向くと、リンネが居た。
「帰ろう、ヤマト。もう十分だよ」
血が雨に混じって流れる。
ヤマトの拳からも血が流れる。
リンネは苦しそうにヤマトを見た。
土砂降り。
雨が2人を濡らす。
「…ごめん。嫌なもん見せちまった……」
立ち尽くす。今、リンネを抱き寄せる資格がないと思ったから。
それでも、リンネはヤマトを抱きしめる。
「ボクのために怒ってくれてありがとう。それだけで嬉しいよ。怪我の治療しよ?」
「あぁ……」
2人は雨の中、店に向かう。
「ニコー、すまねぇ。治療して───」
「そうだった…誰もいないんだっ…っ?!」
そこで初めて気がつく。この場にはリンネと2人きり。雨でベタベタになった身体。
「と、りあえず…風呂沸かすから待っててくれ。これタオルな」
「ありがとう」
リンネは身体をタオルで拭く。雨に濡れたシャツは身体のラインを現した。
「あー…なんか飲むか?コーヒーとか」
「コーヒー苦い……」
「そういえば甘党だったな…じゃあ、温かいお茶沸かすから」
ヤマトは身体を拭きながら風呂のスイッチを押し、ヤカンにお湯を溜める。
「寒いよな。すぐ沸くから待ってな」
「…うん」
ヤマトは深呼吸をする。この場には彼女と2人きり。チラッとリンネを見る。
丁寧に髪を拭いていた。
「リン───」
風呂の沸く音。
その音によって遮られる。
「…沸いたから入ってきな。風邪ひく」
「服は用意するから」
「ありがとう。ボクが先でいいの?」
「それ以外の選択肢はないよ」
「…ヤマトって時々変な事言うよね」
それだけ言いリンネは浴室に消えていく。
遠くなる音。
"ヤマトって変だよね"
「いや、いい…思い出したくない…」
ヤカンが沸く音が響く。コンロの電源を落とし、自分の部屋に行く。
「リンネが着れそうな服あるかなー…全身ベッタベタだよな…まぁ、これでいいか」
黒いシャツを1つ取り出し、浴室をノックする。
「リンネ?まだ中にいるか?」
「うん」
「服置いとくから」
「ありがとう」
シャワーの音。ヤマトはソファーに座り天井を見上げる。
「わー、何考えよー……」
頭を空っぽにしただ天井の模様を数える。
「なにしてるの」
突然現れる銀髪に金色の瞳。
ヤマトは息が止まる感覚に襲われる。
身体を起こしリンネを見る。ブカブカのカッターシャツ1枚。
「わぁー……どないしましょーかこれー……」
「…なんで白夜みたいな喋り方なの…ほら、ヤマトもお風呂。風邪ひいちゃう」
「あ、あぁ!そうだな!そう!風呂!あ、温かいお茶そこにあるから飲んでていいからな!うん!じゃ!」
ヤマトは逃げるように浴室に向かう。
「…変なの」
ガラスに映る自分の姿。
「本当に大きいなこれ…」
手が隠れ裾が太ももあたりまで。第二ボタンまで止めても見えそうになる胸元。
「前もこんなことあったっけ…あれ?あの時はヤマト…どうやって着替えさせたんだろう」
でも、今のヤマトに聞いても意味無いか…
静かな空間にシャワーの音。
自分でも分からない。
分からないのになぜか緊張している。
「なんだろ…この気持ち…」
ソファに座り膝を曲げる。体育座りのように座り、ヤマトを待った。
うるさい心臓の音。
意味を知らないのにどこか期待する自分。
ふと、鏡を見ると赤い顔。
「これから、なにするんだろ…」
ヤマトは俯き、大きく息を吐く。
「大丈夫…俺は変わった…大丈夫」
鏡に映る目はどこか赤く揺らぐ。




