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静かな崩壊

暑い昼過ぎ。セミの声が響く。


「……あっちぃ……」


ヤマトはシャツの前を開け椅子に座る。


「ちょっと、なんで前全部開けてんのよ。タンクトップ丸見えよ」


「やだニコさん。どこ見てんのよえっちー」


「きっしょいわね。顔も身体もボロボロにしてやろうかしら…」


暑さのあまり、ただ全員ダウン。


「なゆたは?」


「部屋だ。書き物があると」


「よくこの暑さで頭回せるなぁ…」


「開店準備しなきゃいけないわね。ほら、男ども動くわよ」


「へーい」


「なゆたを呼ばないとだな。ヤマト頼んでいいか?」


「……パース」


手をヒラヒラさせキッチンに向かう。


「は?」


「俺ちょっとやることあるしサクヤが呼んできてくれ」


「わかった」


階段を上がり、ドアをノックする。


「なゆた、いるか?入るぞ」


部屋に入ると生ぬるい風が髪を揺らす。


「暑くないのか?」


「うん。大丈夫。水分取ってるから。どうしたの?」


「そろそろ開店準備を始める。手伝ってくれ」


なゆたは机から目を離しキョロキョロと周りを見る。


「ヤマトなら下で準備している」


「わかった」


椅子から腰を上げ階段を下りる。


ヤマトが行かないのは珍しい。まだ昨日のこと引きずってるのか?


そんな思いを飲み込み、なゆたに着いていく。


「ヒメ〜、机拭くの手伝ってくれる?」


「うん」


布巾を受け取り机を拭く。

机を拭くのはなゆたの仕事。

それをしなければ酒が貰えない。


「傷…」


机には刃物で傷付いた痕。そっと撫でる。


「カウンターもね」


「うん」


ヤマトの姿が見えない。少し、カウンターから身を乗り出して覗く。そこにヤマトがいる。

包丁を持ち何か作っている。


「ニコ、終わったよ」


「ありがと♡そうね…お酒の向き直してくれる?」


「うん」


言われるがまま手伝う。これがなゆたのスタイル。


高いところ届かないな…


精一杯、背伸びをし向きを直そうとする。


その瞬間、


体がぐらつき手が勢いよく酒の瓶に当たる。なゆたも足を滑り転びそうになる。


「やば…っ」


地面に叩きつけられる直前、誰かに支えられる感覚といつまで経っても聞こえない瓶の音。

そっと目を開けるとヤマトがいる。


「ヤマ───」


「高いところは俺がやるから届く範囲でいい。怪我は?」


「ない」


近くにいる。

それなのに目が合わない。


「ヤマト…?」


「ん?」


「えっと…」


言葉が詰まる。いつもならなにか話している。

なのに今日は出てこない。


ヤマトが遠く感じる。


「上はやっとくから、なゆたはキッチンにいるサクヤたちの手伝いをしてきてくれ」


「…うん」


気のせい…?


そう思いたいと願うほうが大きく感じる。


「サクヤ、手伝うことある?」


「おー、なゆたやん。今日はえらいお手伝いさんやんなぁ」


「白夜はなにしているの?」


「手伝いや。あっちにおっても暇やしここで働いとった方が心地いい。前々からやけど俺専用のシャツ似合っとるやろ?」


「うん、似合ってる」


黒いシャツ。


「なゆたはえらいデカイパーカー着てはるんやな」


「うん。これは兄ちゃんの」


「…………へー…」


言葉が出てくるのを必死に止める。

白夜は再度、手を動かす。


「なにしてるの?」


「揚げさん使った料理。サクヤくんに試食してもろぉたら見事、メニューの仲間入りってわけ。1口どうぞ。ほら、あーん」


なゆたは何も考えず口を開く。


そこに、


「サクヤ、この酒の在庫って───」


目の前には口を開けて食べさせてもらう直前のなゆた。


「げっ、いや、これは…」


白夜が必死に弁解しようとする。

いつものヤマトならキレてくる。


なのに、


「で、在庫は?」


「奥の倉庫にあるはずだ。無ければ無い」


「まじ?これ好きな客結構多いんだよな」


気にせずサクヤと話を続ける。


パクッと食べ、美味しそうに口を動かすなゆた。


「…なんやあれ」


「とりあえず、探してくるわ」


ヤマトが去ろうとした瞬間、


「ちょい待て」


白夜が止める。


「なゆたがやることないんやってさ。一緒に探させてあげたら?」


「いや、俺1人で───」


「それで遅なってもぉたら他に迷惑かかるやろ。なゆた行ってきて」


「わかった」


なゆたは倉庫に向かう。

一瞬、ヤマトの眉が動きすぐなゆたの後ろを着いていく。


「…いいのか?あんなことさせて」


「ええんよ。あれはなゆたが可哀想やろ」


古い酒が並ぶ倉庫。


無音。


お互い喋らず探す。


「兄ちゃん」


「んー?」


無音を割いたのはなゆた。

だが、ヤマトは手を止めず目も向けない。


「……」

「今日の兄ちゃん変…」


「いつもと変わんないと思うけどな」


「違う」


「暑いからか?暑さは弱点なんだよなー」


「違うっ!!!」


声が荒ぶる。

なゆた自身も驚き目を開く。


そこでやっとヤマトの手が止まり体がなゆたに向く。けど、目が合わない。


「…どうしたんだよ」


「今日のヤマト変」


「だから───」


「いつもなら、ボクの隣に来てくれるのに…今日は来てくれない…」


なゆたは自分の袖を強く握りしめる。


「さっきも、いつもなら止めてた…なのに、なんで今日は近くにいないんだよ…」


顔をあげる。その顔は、今にも泣きそうな顔。

細い声が小さく出る。


「ボクのこと…嫌いになったの…?」


ヤマトは眉を顰め、ただ黙って俯くなゆたを見る。


「ボクのこと、もう必要ないの…?いらない…?」


「なゆた、落ち着け───」


「落ち着けない…っ!!!サクヤでも白夜でもニコでもない…ヤマトに…兄ちゃんに一番に声をかけて欲しかった。声をかけたかった…」


その言葉を残しなゆたは倉庫から飛び出す。


「あ、ヒメここに───」


ニコの言葉を遮りそのまま外に走り出す。


「ヒメ?!」


「追いかけるな。ニコ」


「ヤマト!ヒメが…」


「いい。それでいい」


赤い目、それなのに奥が黒い。


誰に何を言われようと別にいい。


「ヤマト」


白夜に呼ばれる。


「最近、物騒やから別に声かけんでもええ。影から見とき。兄ちゃんなんやろ」


「だったらサクヤのカラスに…」


「ヤマト」


白夜の顔がいつになく真剣。

ヤマトは深いため息をつき外に出て、


飛ぶ。


木の枝に乗り、音ひとつなく木から木に移動する。


「猿やんあいつ」


「で、なんでこんなことしたのよ」


ニコが腕を組む。


「こんなことって?」


「ヤマトは適切な距離を取ろうとした。離れてたのになんで近づけることしたの」


「なんや、知ってたんかいな。あのバカ犬がなゆたと距離取ろうとしてたの」


「言われなくても見てたらわかるわよ。あんな飼い主にベッタリの犬みたいな関係よ?それが急になゆたを後回しなんて誰でも気づくでしょ。あなたはどうしてここまで2人の関係を壊させたいの」


白夜は腕を組み、じっと遠くを見つめる。


「壊したいんやない。成長させたいんや。進んだように見えてずーっと止まったまま。俺は一応あの2人の幼なじみやで?3人で前に進みたいやん」


悲しそうに笑う。ニコは肘で軽く小突く。


「白夜のくせに」


「いつもはバカ狐って呼ぶくせに」


日が沈む。

なゆたはゆっくり歩きフツフツと黒い霧が無意識に出る。


「…っ、あ"ぁもう!!!」


押さえ込んでいた感情。


黒く


深く


グルグルと頭の中を駆け巡る。


「なんでだよ…」

「なんで兄ちゃんは…っ!」


なんで?傍にいようって約束したのに兄様みたいに離れていくの?

ボク何かした?

分からない。なんでボクは記憶が無いの?記憶があったらもっと違ってた?

王になったのが間違ってる?

うざい。

うるさい。

うるさいうるさいうるさいうるさい


「…っうるさい!!」

「はぁ…っ、はぁ…」


黒い霧は増えてくばかり。


「黒い霧が邪魔…兄ちゃんに能力が無いのが邪魔…能力さえ取り戻せばまた傍に居てくれるのかな。抱きしめてくれるのかな」


記憶。


記憶はどうやって取り戻す?


「あ、そっか…」


黒い感情。


黒い瞳。


ヤマトは木の上で静かになゆたを見る。

手を伸ばせずに木の上でただ、


ただ、しゃがんでなゆたを見ていた。

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