密着三日目(3)
ガイドのホセさんを除き、隊員たちは全滅。その事実に対して、いかなる苦境にも動じない鋼鉄の精神を持つ河丘でさえ、自責の念を感じずにはいられない。山猫隊員が人喰い部族に自らを差し出す前と比べて、河丘の口数が明らかに少なくなった。彼に何と言葉をかければ良いのか、我々スタッフも、ホセさんも、正解を見つけ出せずただ沈黙する。聞こえてくるのは、高い木の枝に鎮座しているのであろう鳥や猿の、悲鳴にも似た甲高い鳴き声だけだ。
我々は今もこうして、ジャングルの中を歩み続けている。ということは、プテラノドンを捕獲するモチベーションはまだ枯れていない。では、隊員たちを失ったことへの悲哀を完全に捨て切れているかというと嘘になる。仲間の死は、アマゾンが与えたどの試練よりも我々の精神を蝕んだ。
当然、この容赦ないアマゾンが傷ついた心を慰めてくれるはずがない。照りつける太陽、蒸した空気、でこぼことした道、進路を遮る倒木。すべてが我々を追い詰める。
それでも、足を止めるわけにはいかない。命を賭して我々を救ってくれた隊員たちのためにも、ミッションを必ず成功させる。それこそが、彼らに対する最大限の弔いなのだ。
夕日で赤くなった空が徐々に紫に、やがて黒く染まる。河丘は太い枝を拾い上げ、自身のツナギの左袖を一部引きちぎると、枝の先端に巻きつけた。そこに、持参したウォッカをかけて火をつける。闇夜を照らす松明の出来上がりだ。夜のジャングルは危険だが、ホセさん曰く、プテラノドンの目撃地点まで残りほんの数百メートル。このまま進み、一気に近づくつもりなのだ。
二十分後、ついに我々は、プテラノドンの目撃地点に到着した。アマゾン川の上流、その岸辺を飛ぶ姿が、複数回写真に撮られている。近くに巣穴があるのだろう。この岸辺にいれば、プテラノドンに遭遇できる可能性が高い。
河丘「ようやく着いたか。長く険しい道のりだった……。よし、ここでプテラノドンを待ち伏せする」
岸辺から十数メートル離れた、胸の高さほどある巨大な倒木の陰。河丘とホセさんはそこに身を潜める。プテラノドンに気取られることなく、残り一発の麻酔弾を確実に撃ち込める最適な距離。川に餌を獲りにやって来たプテラノドンを、ここから狙撃するのだ。
河丘は松明を地面に突き刺すと、背負っていたライフル銃を倒木の上に乗せ、川のほうへ銃口を向けた。体を低くし、いつでも引き金を引けるよう準備する。
河丘「ホセさん、これからは四時間ずつ交代でプテラノドンを見張る。交互に睡眠をとるんだ。まずはホセさんが寝てくれ。もし俺が寝ているときにプテラノドンが現れたら、すぐ起こせ。できるだけ静かにな」
プテラノドンがいつ現れるかは、誰にも予測できない。チャンスを逃さないためにも、昼夜問わず寝ずの見張りが必要だ。神経を削る消耗戦。睡魔と疲労と空腹に負けない精神力が求められる。しかし、そんな厳しい状況を、散々文句を垂れてきたホセさんがすんなりと受け入れるはずがなかった。またも彼の不満が炸裂する。
ホセ「契約と違います。ワタシ、ぐっすり眠りたい。それができないなら帰ります」
河丘「ホセさん、頼む。協力してくれ。俺一人じゃ無理だ。それに、また人喰い部族に目をつけられるかもしれない。そのときホセさんがいなければ、交渉しようにも言葉が通じないじゃないか」
ホセ「イヤです。インディ・ジョーンズごっこなら、一人でやってろ」
河丘「これは俺だけの頼みじゃない。死んでいった隊員たちを含めた、探検隊としての頼みだ。あいつらの無念を晴らすためにも、ミッションは絶対に成し遂げなきゃならない。だからお願いだ」
ホセ「だったらもっとマネーください。元々の七倍、いや八倍のマネー、ください」
やはりホセさんの要求は金だった。文字通り現金な男だ。元々の八倍の報酬となると、その金額は一千二百万円。子ども三人を私立大学の文系学部に四年間通わせた場合の学費に相当する。ライフル銃を握る河丘の手が震えた。実際の金額を頭に思い浮かべ、寒気を感じたのだろう。太陽が沈んでもなお高温が続くアマゾンにおいて、体を冷やすことは欠かせない。だが、こんな冷感は、河丘も歓迎したくないはずだ。
岸辺を見つめながら、逡巡する河丘。多額の借金を抱えることになったとしても、ホセさんの力が必要だ。背に腹は代えられない。左隣で片膝をつくホセさんのほうを見やる。
河丘「わかった。八倍だな。それでここに残って……ホセさん! 肩!」
河丘の言葉が、途中から鋭い叫びに変わる。河丘が指差す先、ホセさんの右肩に、手のひらと同じくらいの大きな蜘蛛が這っていた。タランチュラだ。褐色のタランチュラが、ホセさんの肩から首筋へ接近しようとしている。タランチュラが持つ毒に致死性はない。しかし、噛まれて毒を注入されれば激しい痛みや発熱を引き起こす。決して侮ってはいけない生物だ。
河丘「動くなよ」
ライフル銃から手を離し、腰に帯びたマチェーテを引き抜いた河丘。その先端をホセさんの肩にゆっくりと近づけ、タランチュラを払い除ける。ホセさんに怪我はない。もし河丘がタランチュラに気づくのが数秒遅れていたら、あるいはマチェーテで不必要に刺激してしまったとしたら、ホセさんはタランチュラの毒牙にかかっていただろう。河丘の適切な判断が、ホセさんを救ったのだ。
河丘「なあ、ホセさん。俺は今、あんたのことを助けた。俺に借りができたってことだ。だからその分、報酬は払わなくてもいいってことにならないか?」
ホセ「なりません。それとこれとは、話が別」
河丘の、タランチュラをダシにした交渉は失敗に終わった。




