密着三日目(2)
ホセ「彼らは、生贄を一人差し出せ、と言っています。彼らは人を食べます。一人差し出せば、残りは見逃す、と言っています」
我々を取り囲む男たちの正体は、人喰い部族だったのだ。彼らの要求を飲めば、確実に犠牲者が一人増える。すでに三人も失った探検隊にとって、これ以上の犠牲を払うことなどできない。
河丘「それは無理だと伝えてくれ。食料が欲しいなら、俺たちが持っているものを全部くれてやることも」
当然、要求を跳ね除けようとする河丘。その言葉をホセさんが通訳するが、男たちの答えもまた「ノー」だった。
ホセ「生贄は彼らのお祭りに使う特別なもので、他の食料では代わりにならないそうです。できないなら、ワタシたちみんなこの場で殺す、と言っています」
男たちが持つ槍。その先端に紐で括りつけられた肉食獣の牙は、微かに血で汚れている。それは、男たちがこの槍で生物の命を奪ってきたことを意味する。我々を殺すというのも、単なる脅しでないことは明らかだ。約三十本の槍が、我々の全身を貫く様を連想してしまう。
河丘は強く下唇を噛み、両の拳を握った。今回アマゾンに来てから最も厳しい決断を下さなければならず、動揺していることがうかがえる。同時に、「今生きている全員が無事なままミッションを成し遂げるためにどうすればいいのか」を必死に思考しているのだろう。しかし、そんな都合が良い方法があろうか、いや、ない。
河丘はゆっくりと目を閉じる。「断念」ではなく「諦念」。その感情でもって、口にすべき言葉を決めたようだ。
そのときである。
山猫「隊長、俺が生贄になります」
なんと、山猫隊員が自らの命を差し出すと言い出した。おそらく河丘は、「自分が犠牲になる」と言おうとしていたはず。そんな彼の考えを察してか、山猫隊員が先に口を開いたのだ。
河丘「山猫、お前……」
山猫「隊長を失うわけにはいきません。それに、いかなる理由があろうとも、ターゲットを目の前にしながら引き金を引けないのなら狙撃手として失格です。もしまたプテラノドンを見つけても、俺は言い訳をして引き金を引かないでしょう。そんな奴は、お役御免ですよ」
河丘「山猫……」
山猫「隊長、俺のライフルを託します。必ず、プテラノドンを捕獲してください」
背負っていたライフル銃を河丘に渡す山猫隊員。そして一歩前に出て、男たちに近寄る。冷酷無比な狙撃手は、自らの命をも無慈悲に投げ出すというのか。
ここで山猫隊員の行動を止めれば、彼の覚悟に泥を塗ることになる。今、河丘がすべきなのは山猫隊員が助かる方法を模索することではない。彼の意思を尊重し、躊躇なくミッション継続の判断を下すことだ。
河丘「……すまない、山猫。だが、お前の覚悟は無駄にしない。絶対に成し遂げる。……ホセさん、山猫を生贄にすると、こいつらに伝えてくれ」
河丘の指示どおり、ホセさんがリーダーと思しき男に伝える。男は頷くと、腰に巻いていた植物の蔦で山猫隊員の体をぐるぐる巻きにする。首の下から膝の辺りまで、何重にも蔦が巻きつけられた。
完全に身動きができなくなった山猫隊員を、男たち十人ほどが肩に担ぐ。そして全員で雄叫びを上げると、山猫隊員を担いだままジャングルの中へと消えていった。
山猫隊員の自己犠牲により、我々の命は助かったのである。力なく運ばれる彼は、事情を知らない人間が見れば滑稽に思えただろう。だが我々には、勇猛果敢な姿に見えた。間違いなく彼は勇者だ。弾丸のように揺るぎない真っ直ぐな山猫隊員の精神に、敬意を払わなければなるまい。
河丘「ホセさん、プテラノドンの目撃地点まで案内しろ。麻酔弾は残り一発。この一発を確実にぶち当て、捕獲する」
そう言うと河丘は、ホセさんと共に再びジャングルを進む。残された一発の麻酔弾。ここに込められているのは、プテラノドンを眠らせるための薬品だけではない。アナコンダに骨を砕かれて丸飲みにされた怪力隊員、ヤドクガエルの毒で死んだO型隊員、麻酔弾が頭に刺さるアクシデントで死んだガリ勉隊員、人喰い部族に体を貪られ直に死を迎えると思われる山猫隊員。彼ら全員の決意と無念が込められている。絶対に外せない、必中の弾丸。それを背負った河丘は再度、プテラノドンとの対決に挑む。




