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密着三日目(1)

 この日も、太陽が昇ったと同時に行軍(こうぐん)を始める探検隊。地獄の洞窟を抜けたことで、プテラノドンの目撃地点までかなり近づくことができた。


 だが、悠長にしている余裕はない。食料も、隊員たちの体力も着々と減ってきている。プテラノドンを捕獲できたとして、ジャングルの中を戻る時間も考えると、あと二日以内にはミッションを達成したいところだ。




 何度も死に(ひん)した探検隊へのご褒美か、一日目と二日目に歩いたジャングルと比べて、ここら辺は草木が少ない。開けた獣道が続いている。この道を行けば、午前中には目的地に到着できるだろう。不幸が立て続いたとしても、いつかは終わり、その分の幸福が降り注ぐ。探検とは、人生の縮図なのだ。


 そんな風に感慨(かんがい)にふけっていたときだった。


河丘(かわおか)「おい! あれを見ろ!」


 突如、河丘が大声を出し、上空を見上げる。我々にとっての幸運は、文字通り上から降って来た。数十メートル頭上を、巨大な鳥類が翼を広げて飛行しているのである。何の鳥かはわからない。だが遠目に見ても、明らかに巨大だ。あれほど巨大な鳥は見たことがない。目撃地点からはまだ離れているが、あれこそ我々が追い求めた謎の怪鳥(かいちょう)、否、プテラノドンだろう。


河丘「山猫(やまねこ)! すぐにライフルを構えろ! あれに麻酔弾をぶち込め!」


 決戦のときだ。プテラノドンを狙撃し、眠らせて捕獲する。そのために山猫隊員はメンバーに加わった。このミッションにおいて、彼は誰よりも重要な役割を担っている。銃床(じゅうしょう)を右肩に当て、飛行するプテラノドンに狙いを定めた。しかし、銃口を上下左右に動かすだけで、いつまで経っても引き金を引かない。


河丘「何をやってる!? 逃げられてしまうぞ!」

山猫「動きが速すぎます! ここから狙っても無駄撃ちになるだけです!」

河丘「ええい貸せい! 俺が撃つ!」


 山猫隊員からライフル銃を引ったくる河丘。そして銃口を上空へ向け、麻酔弾を射出した。だが弾は無情にも空を切る。プテラノドンの体を(かす)めもしない。次の弾を込め、再び発射。これも外れる。何度も何度も狙撃を試みる河丘だが、いくらやってもプテラノドンには届かない。


 やがてプテラノドンはライフル銃の有効射程を超え、空の彼方へと飛び去ってしまった。さすがは太古の翼竜。その長い生涯の中で、さまざまな危機を(くぐ)り抜けてきたはずだ。我々が突発的に行った奇襲など、意にも介さないのだろう。地を這いつくばる(あり)が、自由に空を飛ぶ蜻蛉(とんぼ)を仕留めることなど不可能。我々とプテラノドンとの間には、目には見えない大きな壁が存在しているように感じられた。


河丘「くそ、逃したか……」


 捕獲する絶好の機会だと思われたが、山猫隊員の言うとおり、麻酔弾を無駄撃ちするだけの結果に終わった。河丘は差し詰め、目の前にぶら下げられた人参を追いかけた馬といったところだ。


 麻酔弾は残り一発になってしまった。プテラノドンが我々の存在を察知し、あえて弾を無駄撃ちさせるために姿を現したのだとしたら、みすみす罠にかかってしまったことになる。我々は知恵比べに負けたのかもしれない。


 そもそも、河丘が狙撃した飛行生物がプテラノドンだったという確証もない。その大きさだけでプテラノドンだと判断したが、アマゾンには人間の背丈を超えるほど巨大な鳥も生息している。もし先ほどの生物がプテラノドンでなければ、河丘は愚かにも一人相撲をしたことになる。なんたる屈辱。これには冷静沈着な河丘も(いきどお)りを隠せない。


河丘「俺としたことが、してやられたか……。ガリ勉、さっきのは何だ? お前なら判別できるんじゃないか?」


 一行の視線が、隊の最後尾を歩いていたガリ勉隊員へ向く。ガリ勉隊員は、その場でうつ伏せに倒れていた。


河丘「どうしたガリ勉!?」


 河丘が駆け寄り、ガリ勉隊員の上半身を起こす。その額から、だらだらと血が流れ出ていた。ガリ勉隊員の顔に、いくつにも分岐(ぶんき)した血の道が走る。白目を()き、呼吸をしていない。彼に何があったのか。


 ガリ勉隊員の身に起きた出来事は、すぐに察しがついた。彼の頭頂部に、ダーツの矢のような麻酔弾が深々と刺さっている。河丘が空に向けて撃った麻酔弾の一つが折り返すように地面目掛けて落下。その着弾地点に運悪くガリ勉隊員がいて、脳天に突き刺さってしまった。麻酔弾の太い針が頭蓋骨を貫き、脳みその中枢部分に到達。彼の命を奪ったのだろう。仮に急所を外れていたとしても、麻酔弾には、最大で九メートルにもなる翼竜を十数秒で眠らせるほど強力な薬品が込められていた。それが人間の体に入れば、永遠の眠りにつくことになる。


河丘「なんてことだ……こんなアクシデントが起きてしまうなんて……これはアクシデントだ……アクシデントだよなあ!? 山猫!? ホセさん!?」


 自身の感情を押し殺すかのような河丘の咆哮(ほうこう)。問いかけられた山猫隊員とホセさんは、何も答えない。


 河丘は右手でガリ勉隊員の目を覆い、まぶたを閉じさせた。生物に関する豊富な知識と、持ち前の洞察力で隊に貢献してくれたガリ勉隊員の死を(いた)む。せめて、その亡骸(なきがら)が動物に食い荒らされないよう、我々は時間をかけて深い墓穴を掘り、ガリ勉隊員を埋葬(まいそう)した。日本最高峰の大学を卒業したエリートの最期が、頭に麻酔針が刺さって死亡とは。運命がいかに残酷かを思い知らされる。


河丘「また一人、犠牲者が出てしまったか……。だが、へこたれるわけにはいかない。俺たちには、やるべきことが残っている」


 ガリ勉隊員を埋め、色が変わった地面を見ながら河丘がつぶやいた。そのときである。


 周囲の木々を乗り越え、複数の男たちが姿を現した。その数は三十人近い。全員、腰に布を巻いているだけの服装で、頭から足にかけて白い塗料のようなもので紋様が描かれている。それぞれの手には、細長い木と肉食獣の牙で作られた(やり)。我々を円形に取り囲む。一瞬にして退路を塞がれてしまった。


 男たちのリーダーと思われる人物が、我々に向けて何かを言っている。険しい表情や強い語気からして、我々を脅そうとしているのは間違いない。だが、言葉がわからない。男は耳馴染みのない言語を使っている。この状態では脅されても、要求に応えようがない。だが、いつまでも男の言うことに従わなければ、我々を囲む三十本の槍で串刺しにされてしまうだろう。


 戦おうにも多勢に無勢だ。両手を上げ、抵抗の意思がないことを示す河丘と山猫隊員。河丘が「待ってくれ。俺たちはただ、プテラノドンを捕まえに来ただけなんだ」と日本語で説明するも、当然通じている様子はない。


 万事休す。そう思ったとき、ホセさんが両手を上げたまま、リーダーらしき男と話し始めた。どうやら、この男が使う言葉をホセさんも扱えるようである。リーダーらしき男と二、三度言葉のラリーを交わしたホセさん。その内容を、河丘と山猫に伝える。


ホセ「彼らは、今すぐ立ち去れ、と言っています。このジャングルは彼らのテリトリーだから、勝手なことはさせないと。今度は岩をぶつけるだけじゃ済まない、と言っています」

河丘「そうか。坂の上から転がってきたあの岩……こいつらの仕業だったのか」


 二日前、陸路を進み始めたばかりの我々を襲った大岩。自然に発生したものではなく人為的なものではないかと、河丘とガリ勉隊員は予想していた。その予想どおり、自分たちの縄張りを侵されたと思ったこの男たちが、我々を殺そうとしてやったことだったのである。


河丘「俺たちは君らに何もしない。プテラノドンを捕獲できればすぐに帰る。だから放っておいてくれと、そう伝えてくれ」


 河丘の言葉を通訳するホセさん。リーダーと(おぼ)しき男は、他の仲間たちと顔を見合わせ、再び口を開いた。交渉の余地は残っているようである。


 男の言葉を河丘に伝えるホセさん。その内容は、我々を失意のどん底へと叩き落とすものだった。

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