密着二日目(2)
隊員たちがそれぞれ、ヘルメットを被った。額のあたりに取り付けられたライトで暗い洞窟の中を照らしながら、河丘を先頭に進んでいく。ごつごつとした岩肌。横幅は、大人一人がなんとか通れるくらいの狭さだ。天井までの高さは我々の身長の二倍ほどあるため、空気は確保できている。だが、この高さが深部まで一定という保証はない。奥に進めば、やがて水位が天井まで到達してしまうことも考えられる。あるいは、水深が急に下がるような地形になっている可能性もあるだろう。
水位にばかり意識を向けていた我々だが、洞窟内のどこかから騒音が聞こえてくることに気づいた。ばさばさと、鳥が羽ばたくような音だ。それだけではない。頭上を何かが次々と横切る。
その正体は、コウモリだった。洞窟の天井にぶら下がる無数のコウモリが羽を動かし大合唱。時折、ぶら下がる位置を変えるために飛行している。我々は、コウモリたちの楽園に足を踏み入れてしまったのである。
幸いなことに今は昼間であるため、夜行性のコウモリはそれほど活発ではない。もしこの洞窟内を夜に歩いていたとしたら、コウモリの大群に襲われていただろう。アマゾンのコウモリは、狂犬病を媒介することがある。噛まれれば命を落としかねない、やはり危険な存在なのだ。
コウモリたちを触発しないよう、ライトの光は天井に向けない。我々が何もしなければ、この洞窟の住人たちも手を出してはこないだろう。素通りする許可をくれるはずだ。
洞窟内は入り組んでいる。出口にたどり着くまで、まだまだ時間がかかりそうだ。腰の高さまで溜まった水の中を歩き続けるのは、激しく体力を消耗する。長居はできない。
可能な限りの力を振り絞り、足を急がせる。だが、我々の予想が最悪の形で的中してしまう。洞窟の奥に進むほど天井が下がり、ついに直立できないほど低くなってしまった。中腰で水の中を進む。頭のすぐ上には固い岩、顎のすぐ下には水面。呼吸できる空間がどんどん狭くなっていく。出口はまだ見えない。
中腰のまま歩き続けるのは、体に数十キロの錘をつけて歩くようなもの。少しでも気を抜けば膝が折れ、泥水に全身を浸して起き上がれなくなってしまうだろう。我々が飛び込んだのは、まさに地獄へつながる穴だったのだ。
一刻の猶予もない。早くこの穴から脱出しなければ。
しかし、状況はさらに悪化する。我々が考えないようにしていたことが、現実として立ちはだかった。この世界を生きる多くの人が理想どおりの人生を送れない。願いのほとんどが成就しない。それは我々も例外ではないのだ。洞窟の最奥は、行き止まりになっていた。誰もが、「この洞窟を歩き切れば外に出られる」と考えていた。けれど、その根拠はどこにもなかった。絶望の穴の中で、ありもしない救済を追い求めていたに過ぎなかったのだ。
山猫「そんな……」
ガリ勉「隊長、どうしましょう!?」
ホセ「こんなことになるなら、やっぱり帰ればよかった」
狼狽える隊員たちとホセさん。もう、引き返す体力は残っていない。どこかで力尽き、洞窟に溜まった泥水の中で溺死する未来が見える。
そんな中、百戦錬磨の河丘だけが冷静だった。「まだ諦めるな」と全員を一喝。そして大きく息を吸うと、泥水の中へ全身を沈めた。何をしようというのか。
およそ三分後、水の中から河丘が顔を出す。
河丘「この真下に小さな横穴がある。一人通るのがギリギリなくらい狭い穴だ。今、俺が入ってみたが、洞窟の外につながっている。完全に水没しているが、息を一、二分も止めて泳ぎ続ければ抜けられるだろう」
河丘は、地獄の穴からの脱出経路を見つけていたのだ。水没した、人ひとりがギリギリ通れるくらいの横穴。泥水の中で目を開けることはできない。狭くて暗い、呼吸さえできない場所を泳ぐのは、まるで拷問だ。しかし、一、二分も辛抱できれば命は助かる。この洞窟の中にいても死ぬしかないのなら、選択肢は一つだ。
河丘「俺が先に入る。ガリ勉、山猫、ホセさんの順番で続け」
覚悟を決めるほかなかった。頷くガリ勉隊員と山猫隊員。しかし、ホセさんは駄々をこねる。
ホセ「イヤです。そんなところ、行きたくない。ワタシ、このまま戻ります。お前らだけで行け。そして死ね」
隊員ではないホセさんには、酷なことだろう。命を賭けてまでプテラノドン捕獲のミッションに付き合い続けるほどの強い精神は、彼にはない。だが、洞窟を引き返したところで、ホセさんの命はどこかで尽き果ててしまう。河丘はホセさんに約束した。「誰も死なせない」と。ここでホセさんを一人で帰らせるわけにはいかない。
河丘「ホセさん、頼む。言うことを聞いてくれ。横穴を抜けなければ、死ぬのは俺たちではなくホセさんのほうだぞ」
ホセ「ならマネーです。元々の五倍のマネーください」
この期に及んでさらに報酬の上乗せを要求するホセさん。地獄の沙汰も金次第。このことわざが示す道理は、万国共通のようである。
当初、ホセさんに支払う予定だった報酬は百五十万円。O型隊員の死を受けてホセさんが「帰る」と言い出した際、引き留めるためにその二倍、三百万円を支払う約束をした。この時点で探検隊に充てられた予算を大幅にオーバーしており、河丘が個人的に借金を負うことになった。五倍の報酬となると、七百五十万円。河丘の借金がさらに膨れ上がる。
太い眉根を寄せて、熟考する河丘。借金額は、子どもを私立大学の理系学部に四年間通わせた場合の学費に相当する。もしミッションが失敗すれば、この借金は確実に河丘の首を絞めるだろう。一方、プテラノドンを捕獲できれば、きっと一括返済できる。そしてそのためには、ホセさんの協力が不可欠だ。
河丘「いいだろう。五倍のマネーを払う。だから我慢してくれ、ホセさん」
ホセ「わかりました」
ついに腹を括った河丘。ホセさんの金に対する執着も、アマゾンの厳しさの一つだと考えることにしたのだろうか。ならば、アマゾンを幾度も踏破した河丘に乗り越えられないはずがない。固く握手を交わす二人。契約更新だ。
最初に河丘が水中に潜る。続いてガリ勉隊員、山猫隊員、ホセさんの順で身を沈めた。河丘の言うとおり、行き止まりに見えた岩壁の下のほうに、小さな横穴が口を開けている。手探りで穴の淵を掴み、ぐっと上半身を穴の中に入れる河丘。もう片方の腕でガリ勉隊員の肩を掴むと、横穴のほうへと引っ張る。河丘に引っ張られたガリ勉隊員が山猫隊員を、山猫隊員がホセさんを、同じように体の一部を掴んで横穴へと引きずり込んでいく。
これほど狭い穴を通るのは、母親の産道を通ったとき以来だろう。背中も腹も、岩に圧迫される。ただ、苔が生えた岩肌がぬめり、水をかくたびに我々を前へ前へと進めてくれるため、想像よりも泳ぎやすくはあった。
穴を抜けるまでわずか一、二分のはずだが、人気ラーメン店の行列に並んでいるときのように長く感じる。河丘の目算が間違っていたわけではない。横穴の長さは、おそらく十メートルもないだろう。しかし、目をつむり続けなければならないことと、呼吸を止め続けなければならないことに対する恐怖心が、体感時間を延ばしている。
そんな過酷な状況にも、終わりが来る。突如、我々を圧迫していた岩の感覚がなくなり、代わりにまぶたを閉じていてもわかるくらい強い光に包まれた。横穴を抜け、開けた水中に出たのだ。まぶたを貫通する強い光を目指し、全員が水をかく。そして、待ち望んでいた空気にありつけた。まぶたを開けることもできる。もうここは、「死の沼」の中でも「地獄の穴」の中でもない。再びジャングルの中に戻れたのだ。つい数時間前まで我々を苦しめていたジャングルが、今は天国のように思える。
全員、陸に上がった。だが、まだ安心はできない。我々は相当長い時間、洞窟の中にいたのだろう。すでに日が傾きかけていた。ただでさえ体力が限界の状況で、夜のジャングルを進むのは非常に危険である。
探検隊は昨夜と同じく、ジャングルの中で野営することとなった。




