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密着二日目(1)

 朝日が昇る。河丘(かわおか)ら、テントで寝ていた面々が目を覚まし、外に出た。朝の間だけは、灼熱に思える気温の高さがなりを潜める。雨も降っておらず、比較的過ごしやすい気候だ。


 だが、そんな我々の感情を打ち砕くような、衝撃の光景が視界に入る。


 燃え続ける()き火のすぐ横で、見張りをしていたはずのO型隊員が仰向けで倒れているではないか。


河丘「O型! どうした!?」


 駆け寄る河丘。O型隊員の顔色は、異様なほどに青白い。口からは泡を吹いている。ただ眠っているわけではなさそうだ。いくら肩を揺さぶっても反応がない。河丘は、O型隊員の首筋に自身の指を当てた。そして、背後から心配そうに覗き込む三人に向けて首を横に振る。O型隊員は絶命していた。


河丘「一体何があったんだ……? どうしてO型が……?」


 夜中、O型隊員が何かに襲われているような気配はなかった。もし動物などに襲われていたら、物音で気づいたはずである。そもそも、O型隊員の死体に目立った外傷はない。


 なぜ彼が死んでしまったのか、考え込む河丘。その答えは、すぐに見つかった。ガリ勉隊員が「隊長! あれを見てください!」と、O型隊員の足元を指差す。その先には、黄色い体をした小さなカエルが四つ足で(たたず)んでいた。


ガリ勉「ヤドクガエルです。おそらくO型は、ヤドクガエルの毒で……」

河丘「そうか。そういうことだったのか」


 ヤドクガエル。一匹の個体が、人間十人を殺せるだけの毒を体内に宿しているとされる。毒は神経毒で、全身を麻痺させ体の自由を奪い、やがて心臓の動きまで止めてしまうのだ。ヤドクガエルの毒の致死量は二マイクログラム。わずかにでも体に入れば死は(まぬが)れられない。綺麗な体色をしているが、見かけても絶対に近づいてはならない危険生物なのである。


 O型隊員は深夜、何らかのきっかけでヤドクガエルに触れてしまい、その毒が体に入って絶命したのだろう。毒が回って体が麻痺し、声を出すことさえできなかったため、我々の誰も気づけなかった。そう推測できる。


河丘「なんてこった……俺たちのセーフティネットが失われた」


 O型隊員が今回のミッションのメンバーに抜擢された理由は、彼の血液が探検隊の全員に輸血できるO型のRh null型だったからだ。誰かが大怪我をした際、その場で命をつなぎ止めるための処置をするのに不可欠な人員だった。そんなO型隊員が死んだ今、これまで以上に怪我に気を配る必要がある。


「絶望」という言葉が、我々の頭上からのしかかった。そのとき、寡黙な狙撃手・山猫(やまねこ)隊員が口を開く。


山猫「こんなことは人道に反すると承知していますが、O型の死体から血だけを抜いて、それを持ち運ぶのはどうでしょうか? そうすれば輸血はできます」


 山猫隊員の言うことは非常に合理的だ。O型隊員をまるで輸血パックのように扱うのは忍びないものの、彼の役割を(まっと)うしてもらうなら、血だけを持ち運べば充分である。


 しかし河丘は、「ダメだ」と却下した。O型隊員を一人の人間として扱い、尊重したいのだろう。そしてもう一つ、O型隊員の血を抜くわけにはいかない理由があった。


河丘「O型の体内にはヤドクガエルの毒が入っている可能性が高い。そんな奴の血を輸血するなんて、危なそうだろ。やめたほうがいい」


 アマゾンで不確実な行動はできない。たとえ〇・一パーセントでもリスクがある選択肢は採用しない。それがこの地で生き残る鉄則だ。しかも、たった一晩で二人も隊員を失っているこの状況では、河丘も慎重にならざるを得ない。熟練のサバイバーで、経験豊富な彼だからこその判断だ。


 O型のRh null型の人間は、全人類のうち数人しかいないとされている。その一人がO型隊員だった。彼を失ったことは人類にとって大きな損失のように思えてならないが、それでも探検隊は足を進めなければならない。O型隊員よりさらに希少なプテラノドンを捕獲するために。


河丘「アマゾンの危険性は充分にわかっていた。だが、ここまで死が立て続くのは想定外だ。……全員、さらに気を引き締めろ」


 改めて、隊員たちへ河丘の(げき)が飛ぶ。今回のアマゾンは何かが違う。さすがの河丘も、強い不安を感じていた。


 その不安が伝わってしまったのか、ガイドのホセさんが文句を言い始める。


ホセ「これ以上、危ない。ワタシ、帰ります。こんな茶番、付き合ってられるか」


 ホセさんは、河丘や隊員たちほどの強い覚悟を持ち合わせていない。彼は道案内として金で雇われて探検隊に同行しているだけだ。さまざまなジャングルを踏破してきた河丘でさえ不安を感じる現状を前に、逃げ出したくなっても不思議ではない。


 だが、ホセさんはプテラノドンの目撃地点までの道を知るキーパーソン。彼なくして、プテラノドンを捕獲することは不可能だ。


 ガリ勉隊員と山猫隊員が、O型隊員の死体を地中に埋める。その(かたわ)らで、河丘はホセさんの説得を始めた。


河丘「頼む、ホセさん。最後までついて来てくれ。あんたの力が必要だ」

ホセ「イヤです。ワタシ、死にたくない」

河丘「俺たちが必ず守る。もう誰も死なせはしない。だから頼む」

ホセ「なら、もっとマネーください。元々の二倍、マネーください」


 ホセさんには成功報酬として、百五十万円支払う契約をしている。その二倍、三百万円を要求してきた。探検隊の予算はギリギリで、ホセさんへの報酬を上乗せするならば、足りない分は河丘が借金して工面するほかない。


 今まで即座に適切な判断を下してきた河丘だが、長考(ちょうこう)する。人生は、アマゾン以上に険しい。百五十万円の借金が、河丘の後の人生に重くのしかかる可能性もある。しかし、もしプテラノドンを捕獲できれば、借金をしたとしてもお釣りがくるほどの金が河丘の(ふところ)に入ることは明らかだ。


河丘「いいだろう。二倍の報酬を払う。ダブルマネー。だから、この先も同行してくれ」

ホセ「わかりました。約束です」


 借金する覚悟を決めた河丘。すべては、プテラノドンを捕獲するため。死んでいった隊員たちのためにも、ここで引き下がるわけにはいかない。ホセさんと握手を交わした。再契約完了の合図である。




 O型隊員を埋葬(まいそう)し、再びジャングルへ突入する探検隊一行。朝の清々(すがすが)しい気候が嘘のように、気温と湿度が上がってきた。サウナと化したジャングルの中を進む。やはり先頭は河丘。自ら率先して先頭に立つという危険な役割を担う。これだけは他の隊員に任せられない。さらなる犠牲者を出すわけにはいかないという責任感も、河丘を駆り立てていた。


 行軍(こうぐん)を始めてからおよそ二時間後、我々の前に沼が立ちはだかった。沼といってもかなり遠くまで続いていて、その大きさは湖に等しい。迂回(うかい)すれば、多くの時間を食うことになる。 (にご)っていて底は見えないが、深さは一メートル程度。歩いて渡れないわけではない。この沼を突っ切ることができれば目的地までショートカットできると、ホセさんは言う。


河丘「よし。この沼を進もう。時間をかければ、体力も食料も消費することになる」


 そう決断した河丘。反対する隊員はいない。一方、沼の中を歩くことには相応のリスクも存在する。アマゾンの沼は、さまざまな生物の集合住宅。濁った水の中に何が潜んでいるかわからない。昨夜、怪力隊員を襲ったアナコンダも沼地や湿地を好む。


 他に沼に暮らす生物で注意すべきなのは、ヒルだろう。獲物の皮膚に張りつき、生き血を吸う。血を吸われるだけならまだ良いほうだ。アマゾンには、ティラノブデラ・レックスというヒルが生息している。このヒルは鋭い牙を持っており、獲物の肛門や尿道などから侵入し、体内を食い破るのだ。アマゾンの沼には、このような危険なヒルも泳いでいる。


 それでも、一行は沼の中を進む。そうしなければ、プテラノドンを拝む前に全員()え死にしてしまうからだ。河丘にとって、この沼の水以上に苦い決断だったことは想像に(かた)くない。


 沼の水はひんやりとしている。太陽の光と湿気で上がった我々の体温を下げるのにはぴったりだ。しかし、ここは体を冷やすための市民プールではない。常に周囲を警戒し続けなければ危険生物に襲われることは明々白々(めいめいはくはく)。病原菌が体に入り込む可能性も考えられる。まさに「死のミックスジュース」。一秒でも早く脱出しなければならない。


 黙々と進む探検隊。そんな我々を嘲笑(あざわら)うかのように、アマゾンはさらなる試練を与える。沼を進み、行き着いた先にあったのは巨大な岩壁だった。昨日、ホセさんが指差した山の一角だ。岩壁の高さは、数百メートルはあろう。現在の装備で登ることは不可能だ。それでも、この岩壁の向こう側へ行かなければ、目的地にはたどり着けない。


 唯一、岩壁の向こう側へ通じていそうな洞窟(どうくつ)を見つけた。沼と一続きになっているため、洞窟の中も水で満ちている。暗くて奥のほうがどうなっているかは見えない。もし中を進むほど天井が低くなっていた場合、最奥は完全に水没していると考えられる。だとしても、我々にはこの洞窟の中を進む以外の手立てはないのだ。

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