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密着一日目(3)

 空が暗くなり始めた。夜のアマゾンは、昼間より何倍も危険だ。夜行性の肉食動物が活動を始めるためである。アマゾンに生息する肉食動物といえば、ジャガーが有名だろう。トラやライオンに匹敵する巨体を持つ。特に注意すべきは、その(あご)の力だ。人間の頭蓋骨など簡単に粉砕する。アマゾンにいる限り、ジャガーから逃げられる場所はない。木の上にいても、水の中にいても、お構いなしに襲ってくる。


 夜のアマゾンを歩くことは、死へ向かって行進することと同義なのだ。


 河丘(かわおか)の指示で、隊員たちがテントを張り始める。ジャングルの真っ只中ではあるが、ここで野営をすることになった。()き火をすれば、動物たちは火を怖がって近寄って来ない。下手に歩き回るより、キャンプをしたほうがはるかに安全である。プテラノドン捕獲に使える時間には限りがあるが、何よりも優先すべきは、自分たちの身を守ることだ。


 今夜は隊員たちが交代で睡眠を取りながら見張り、朝まで休憩する。


 焚き火は河丘の得意分野だ。針葉樹と広葉樹、それぞれの枝を使い分け、石をこすり合わせて着火する。サバイバルにおいてライターやマッチなしで火をつけることは、命を守るための必須スキル。もちろん河丘に抜かりはない。


 テントを張り終え、見張りの順番を決めた。(つか)()ではあるが、隊に安息の時間が訪れそうである。


 そう思ったときだった。


「うわあああ!」


 テントの後ろから誰かの悲鳴が響いた。裏へ回る河丘。他の隊員たちも続く。悲鳴の主は、怪力(かいりき)隊員だった。地面に倒れ込むその体、首から(ひざ)にかけて巨大なヘビが巻きついている。


 ヘビの正体は、アナコンダ。世界最大級のヘビで、胴体は丸太のように太く、消防ホースのように長い。獲物を見つけると音もなく忍び寄り、体全体を使って締めつける。その力は非常に強く、クロカイマンのような大型の動物をも容易に拘束する。そして獲物の全身の骨を砕いてから丸飲みにするのだ。


 まさに今、怪力隊員が骨を砕かれそうになっている。このままでは締め殺され、アナコンダのディナーになってしまうだろう。


河丘「落ち着け怪力。すぐに助けてやる。おい山猫(やまねこ)、麻酔弾をこのアナコンダにお見舞いしてやれ」


 河丘は山猫隊員に指示を出す。両手でライフル銃を構え、アナコンダに狙いを定める山猫隊員。圧倒的なパワーで怪力隊員を締めつけるアナコンダを引き()がすことは、全員が力を合わせても不可能だろう。麻酔弾で眠らせるのが得策だ。


 河丘の判断は正しい。それ以外に怪力隊員が助かる方法はない。だが、怪力隊員は河丘の提案を断った。


怪力「隊長……麻酔弾はプテラノドンのためのものです……無駄遣いしちゃダメだ……こいつとは一対一で戦わせてください……俺のパワーとアナコンダのパワー……どっちが強いか試したいんです……」


 なんと、怪力隊員は自力でアナコンダの締めつけから脱出しようというのである。実に無謀(むぼう)。自殺行為。しかし力自慢だからこそ、パワーを武器にするアナコンダと勝負したくなったのだろう。「(さが)」というやつだ。


 歯を食いしばり、両腕に青筋が浮き出るほど力を入れて、アナコンダを体から剥がそうとする怪力隊員。その姿、そして勇敢(ゆうかん)さは、まさに怪物と戦う戦士だ。週五でジムに通っているスポーツマンなんて領域はとっくに逸脱(いつだつ)している。


 戦士が戦いを望むなら、止める理由はない。河丘は、山猫隊員のライフル銃に手を置き、銃口を下げさせた。


河丘「いいだろう、怪力。お前の覚悟、しかと受け取った。だが、限界だと思ったらすぐに『ギブアップ』と言え。その瞬間、麻酔弾を撃ち込むからな」


 河丘から出たゴーサイン。怪力隊員の腕にますます力が入る。しかし、相手は推定八メートルはある、全身のほとんどが筋肉でできた大蛇。そう簡単には剥がせない。むしろ、抵抗する怪力隊員に負けじとパワーを上げ、より強く締めつけているように見える。


 固唾(かたず)を飲んで戦いを見守る一同。経験豊富な河丘の顔にも、緊張がうかがえる。声には出さずとも、全員が怪力隊員の勝利を願っていた。


 だが、我々は(あなど)っていたのかもしれない。このアマゾンで、これほど巨体になるまで成長したアナコンダの力を。この個体は、過酷な生存競争の中を何年も生き残ってきた圧倒的強者なのだ。スポーツマンが見せた勇気など、弱者の足掻(あが)きにしかならない。


 鈍い音が鳴り、怪力隊員の右足が折れた。膝から先が、本来曲がらないはずの外側に折れている。次は左足、そして右腕。巻きついたアナコンダの体の隙間から、ありえない方向に曲がった怪力隊員の手足が飛び出ている。すでに自力で脱出できる状態ではない。


 だが、手足は折れても怪力隊員の戦意は折れていなかった。痛みを噛み殺すように歯を剥き出し、締めつけに(あらが)い続ける。その口から「ギブアップ」という言葉は、百年待っても出そうにない。


河丘「頑張れ、怪力! 頑張れ!」


 さすがの河丘も、感情が声となって漏れる。河丘の言葉を皮切りに、他の隊員たちも怪力隊員を応援し始めた。「頑張れ! 頑張れ!」とエールを送る。しかし、応援程度で絶望的な状況を打破できるのなら、アマゾンは世界一の危険地帯などと呼ばれてはいない。このアナコンダも、アマゾンを危険地帯たらしめる一因なのだ。


 怪力隊員の顔からふっと力が抜ける。首の骨が折られ、絶命してしまった。いくら応援しても、もう怪力隊員には届かない。


 獲物が死んだことを察したのだろう。アナコンダは怪力隊員を一気に締め上げ、全身の骨を粉々にする。怪力隊員の体は、生きていた頃の半分程度の細さにまで圧縮された。もちろん、これだけでは終わらない。アナコンダの目的は空腹を満たすこと。コンパクトになった獲物を頭から丸飲みにし始める。ずるずると、怪力隊員がアナコンダの体内へ引き込まれていく。太い大蛇の体内といえど、成人男性が通れるほどの広さはない。だが、それは通常時の話。獲物を食べる際、アナコンダの体は大きく膨らみ、筋肉を動かして奥へ奥へと押しやる。強靭なだけでなく柔軟性も兼ね備えた筋肉の塊、それがアナコンダなのだ。


 仲間が食われていく様を黙って見ているわけにはいかない隊員たち。ガリ勉隊員が河丘に、強い語気で進言する。


ガリ勉「隊長! 今すぐアナコンダを仕留めましょう! このままじゃ怪力が」

河丘「いや、ダメだ。全員、このまま何もするな」


 怪力隊員を飲み込んでいるアナコンダを、このまま放置するという河丘。確かに、すでに怪力隊員は死んでいる。今さら助けたところで意味はない。一方で、隊員たちの気持ちも理解できる。ここまで共に死線(しせん)(くぐ)り抜けてきた仲間の遺体だけでも持ち帰りたいと思うのは当然だろう。アナコンダを仕留めなければ、怪力隊員の体はやがて消化されてしまう。


 なぜ河丘は、アナコンダを放置することを選んだのだろうか。


河丘「怪力を食べれば、しばらくはお腹いっぱいになるだろう。俺たちを襲うことはないはずだ。だが、俺たちが攻撃しようとすれば、アナコンダは怪力の死体を吐き出して襲いかかってくる。そういう習性があると、映画で見た。だから何もするな」


 河丘はアナコンダの対処法も心得ていた。もし今、アナコンダを攻撃すれば、他の隊員たちも犠牲になってしまうかもしれない。


河丘「怪力は自分の身を(てい)して俺たちを救ってくれたんだ。あいつの死を無駄にしないためにも、このままアナコンダが立ち去るのを待つ。悔しいだろうが、それがこの場においての正解だ」


 容赦なく降りかかるアマゾンの脅威。それに対応するには、時に我々も慈悲を捨てなければならない。冷酷に思える河丘の言葉。それは、この密林を生き残るために必須な精神でもって適切に判断したがゆえに出たものなのだ。


 怪力隊員の爪先まで、アナコンダに飲み込まれた。隊員たち全員の心に芽生えた、大蛇への復讐心。それをぐっと(こら)える。アナコンダを見逃し、怪力隊員の死体を回収しないと決断した河丘も、同じ気持ちだった。


 そして、体の中間あたりを人型に膨らませたアナコンダは、地面をずるずると這って夜のジャングルへと姿を消した。河丘の言うとおり、満足して巣穴へと帰っていったのだろう。怪力隊員のおかげで、アナコンダを最低限の犠牲で退(しりぞ)けることができた。


 一度アマゾンに踏み入れば、その瞬間から死と背中合わせになる。いつ誰が命を落としてもおかしくない。そのことは、隊員たち全員が理解していた。しかし、いざ仲間が命を落とすと、動揺せずにはいられない。焚き火を囲み食事を()ろうとするが、喉を通らないようだ。


河丘「明日もまた長い時間歩くことになる。(つら)いだろうが、今のうちにしっかり食べておけ。さっきのアナコンダみたいにな。はっはっはっ」


 隊員たちの気分を(まぎ)らわせようと、河丘が渾身のアナコンダギャグを放つ。が、誰も反応を示さない。今は怪力隊員の死を(いた)むことで、胸も腹もいっぱいなのである。


 アマゾンの厳しさを知っている河丘は、あのショッキングな光景を目の当たりにしてもなお食事を摂ることができている。この揺らぐことのない鋼の精神こそ、河丘が幾度もジャングルから生還できた理由だろう。


 隊員たちが食料を口に運び始めたのは、アナコンダが去って二時間以上経ってからのことだった。




 足を負傷したO型隊員を怪力隊員が背負って歩いたことで、プテラノドンの目撃地点までの距離は縮まった。だが、当初の予定より遅れていることには変わりない。明日は日の出と同時に歩き始める必要があるだろう。日が昇る時間から逆算すると、そろそろ寝ておくべきだ。


 睡眠中、焚き火を消せば動物に襲われる可能性が高まる。そのため、隊員の一人が一時間おきに交代で見張りをするはずだった。しかし、O型隊員が「朝まで自分一人で見張る」と言い出したのである。


河丘「無理するな、O型。ちゃんと寝ておけ。しかも、お前は怪我をしているんだ」

O型「僕は、足を引っ張ってばかりです。怪力さんだって、日中に僕を背負って歩いた疲れがなければ、アナコンダに勝てたかもしれません。見張りくらい僕一人でやらなきゃ、命懸けで助けてくれた怪力さんに足を向けて寝られませんよ」

河丘「O型……。わかった。だが無茶は禁物だ。眠くなったら俺を起こせ。すぐに代わってやる」


 ここでも河丘は隊員の意思を()む。まさに隊長の器。河丘でなければ、この探検隊のリーダーは務まらない。


 見張りをO型隊員に任せ、河丘、ガリ勉隊員、山猫隊員、そしてホセさんの四人は、テントの中で就寝した。

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