密着一日目(2)
オオカワウソの群れに襲撃され、命からがら岸へと逃げ延びた我々探検隊。途中、川に流されたため現在地がわからなくなってしまった。地図と方位磁石、そして現地ガイドのホセさんの知識で、進むべき方角を確認する。
ホセ「あの山、見えますか? あの山」
ホセさんが北北西の方角を指差した。彼が言うように、ここから数キロ先に小高い山が見える。
ホセ「あの山、あの山」
河丘「見えるぞ、ホセさん。なるほど。あの山こそ俺たちが目指す、プテラノドンの目撃地点というわけだな」
ホセ「違います。あの山を越えた、もっと向こうのジャングル、そこにプテラノドン、いるかもしれない」
ホセさんが指し示した方角へ、河丘を先頭に進む。マチェーテを振り、行く手を遮る草木を切り捨てる河丘。平坦な道ならば数時間ほどで歩き切れる距離だが、ジャングルでは別だ。鬱蒼と茂る木々に、落ちたら自力で這い上がれそうにないほど深い窪地、壁のような急斜面などに阻まれて、そう簡単に前へ進むことができない。たった数キロの道のりが万里のように感じるほど、遠回りを強いられる。
ただでさえ歩きにくい道。それに加えて真上から降り注ぐ太陽の光と高い湿度が、我々の体力を奪っていく。水分補給を怠れば、すぐさま熱中症で倒れてしまうだろう。
歩き始めて三時間ほど経った、そのとき。
「うわあああ!」
後方から誰かの絶叫が響いた。全員が一斉に振り返る。O型隊員が尻もちをついていた。足を滑らせ、右足首を捻挫してしまったようだ。体力が奪われ、注意力が散漫になれば、怪我をする可能性も高まる。アマゾンという地は、歩くことでさえ大きなリスクを孕んでいるのだ。
O型隊員に駆け寄った河丘が、足首に包帯を巻きつける。しかし、O型隊員の捻挫はひどく、今すぐ歩き出すことは難しい。
河丘「O型を休めるためにも、今日はここで野営するか……。だが、まだ想定の十分の一も進んでいない」
我々が持参した食料には限りがある。できるだけ歩みを進めなければ、プテラノドンにたどり着く前に全員が飢え死にしてしまうだろう。そうなれば、この密林に潜む生物たちの餌食だ。臓物は肉食動物たちに美味しくいただかれ、残った血肉は虫たちが繁殖するための温床になる。死してなお悍ましい状態になることは、想像に難くない。
判断に迷う河丘。そんな彼に、怪力隊員が提案する。
怪力「隊長、もうしばらく歩き続けましょう。O型は俺が背負います」
河丘「怪力……お前、大丈夫なのか?」
O型隊員を背負って歩くと言う怪力隊員。もしそれができるならば、この場においては最善だ。目的地までの距離を縮められるだろう。一方、怪力隊員にかかる負担が大きくなる。O型隊員はメンバーの中で最も小柄ではあるが、体重は六十キロ近い。足元が不安定な灼熱のジャングルを、六十キロもの人間を背負いながら歩くのは地獄そのものだ。
それでも、怪力隊員の決心は揺るがない。
怪力「O型隊員を背負って歩ける力があるのは、隊の中で俺だけです。隊長、お願いします」
河丘「……わかった。だが無理はするなよ」
怪力隊員の気持ちを汲み取った河丘は、険しい表情を浮かべながらも許可を出した。そもそも怪力隊員を探検隊のメンバーに加えたのは、このような力仕事が必要になったときのためである。
まるで赤子のようにO型隊員を軽々と背に乗せ、怪力隊員は歩き始める。週五でスポーツジムに通い、育て上げた筋肉。そこから生み出されるパワーは「さすが」の一言だ。
怪力隊員のおかげで、目的地に向かい再び進み始めることができた。
さらに三時間が経過した。ホセさんが示した山までの距離はなかなか縮まらない。隊員たちの背中は、吹き出た汗でぐっしょりだ。
最もしんどそうにしているのは、やはり怪力隊員。激しく息を切らし、倒れそうになりながらもO型隊員を背負い続ける。
そんな怪力隊員に追い打ちをかけるかのように、上り坂が立ち塞がった。開けているため邪魔な木々は存在しない一本道。だが、普通に登るだけでも足腰に負担がかかる厳しい角度の坂だ。長さはおよそ二百メートル。ここを登らなければ、山までの道はさらに遠くなる。
河丘「大丈夫か、怪力? 迂回するか?」
怪力「いいえ、このまま進みましょう。ここを通るのが近道です」
怪力隊員の精神は、まだ死んでいない。疲れ切った肉体に鞭を打ち、坂を登り始める。怪力隊員が足を滑らせてもすぐに助け出せるよう、河丘たち他の隊員は彼の後ろに続く。
そのときだった。
坂の上から巨大な岩石が転がり落ちてきた。我々のほうへ、一直線に近づいてくる。推定十トンはあろうあの大岩に押し潰されれば、確実に命はない。
河丘「全員、脇に逃げろ!」
河丘の指示が飛ぶ。すぐに行動に移す隊員たち。だが、O型隊員を背負う怪力隊員の動きが遅れた。このままでは、岩石が二人に衝突してしまう。
河丘「怪力!」
河丘の声に応えるように、怪力は全身に力を入れた。そして体を伏せて腹這いになると、O型隊員と共に地面の上を横に転がる。間一髪で岩石を避けた。岩石は坂の下に生えた巨木に激突して停止。その衝撃は凄まじく、樹齢数百年はあろう木を根本からへし折った。
怪力隊員の機敏な動き。自らの肉体を鍛え抜いてきたからこそできる、歴とした「技術」だ。そのおかげで、危機的状況を一人の犠牲者も出さずに回避できた。ただの荷物持ち係では終わらない、それが怪力隊員という男なのである。
河丘「よくやってくれた、怪力。これからは、お前が副隊長だ。俺にもしものことがあったら、みんなを頼む」
怪力「ありがとうございます。光栄です。けど、隊長に何かあった場合なんて、考えたくありませんね」
河丘「そうだな。全員無事でプテラノドンを捕獲する。それがベストだ。……そしてO型、命拾いしたな。怪力にお礼を言っておけ」
O型「怪力さん、助かりました。本当にありがとうございます。僕なんかのために」
怪力「お前に死なれるわけにはいかない。隊の生命線だからな」
晴天の霹靂ともいえる岩石の襲撃。それを乗り越えたことで、隊のチームワークがまた一段と深まった。アマゾンの脅威は、時として我々を強く成長させる。
無事に坂を登り切り、笑顔を見せる隊員たち。そんな中、ガリ勉隊員のみが眉間にしわを寄せている。何かに違和感を覚えているようだ。
ガリ勉「隊長、さっきの岩石……よく考えると変です。あんなものが自然に転がってくるとは思えません」
河丘「そうか? 人生、何が起きてもおかしくない。正面から岩が転がり落ちてくることの一度や二度はあるだろう」
ガリ勉「かもしれません。しかし、『誰かが俺たちを殺そうとしている』と考えるのが自然では?」
河丘「……なるほど、確かにな。東大卒のお前が言うと説得力がある。もしお前の予想どおりだとして、一体誰が?」
ガリ勉「それはわかりません」
ガリ勉隊員の疑問はもっともである。あれほど巨大な岩石が、我々が坂を登ろうとしたタイミングで、見計らったかのように転がってきた。こんな偶然があるのだろうか。何者かが意図的に転がしたと考えるべきだろう。
河丘「俺たちがプテラノドンを見つけることで不利益を被る人間がいて、そいつに命を狙われているのか……? だとしたら、警戒すべきなのはアマゾンの環境や動植物だけではないな」
地平線に沈みゆく太陽を眺めながら、そう語る河丘。その心の中では、自身とガリ勉隊員の悪い予想が外れることを祈っていた。




