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密着一日目(1)

 プテラノドン。七千万年から八千万年前の地球に生息していたとされる翼竜だ。長いクチバシにトサカ、大きな翼が特徴的で、翼を広げたときの体長は最大で九メートルに達すると言われている。現存する陸棲生物(りくせいせいぶつ)で最大のアフリカゾウをも超える巨体。白亜紀後期の大空の支配者だ。


 プテラノドンはすでに絶滅したとされているが、現代でもわずかに目撃情報が存在するのである。その一つが、南米のアマゾン川で撮影された謎の怪鳥(かいちょう)の写真。撮影者によると、南米に生息するどの鳥よりも大きく、プテラノドンに酷似した特徴が見られたという。


 今もなお人類未踏(じんるいみとう)の地が存在するアマゾンならば、太古の翼竜の生き残りがいても何ら不思議ではない。もし目撃情報が事実ならば、世紀の大発見だ。生きているプテラノドンの姿を、多くの人が見たいと思うだろう。


 そんな人々の願いを実現するべく、プテラノドンを捕獲しようと乗り出した探検家がいる。


 河丘寛(かわおかひろし)、四十五歳。深緑色のベレー帽に迷彩柄のツナギ、腰にマチェーテ((なた))を(たずさ)えた、眉毛の太い男だ。河丘は、アマゾンを含めた世界各地のジャングルに足を運び、さまざまな危険生物に襲われながらも無事生還した、サバイバルのプロフェッショナル。


 彼が探検隊を率い、プテラノドンの捕獲ミッションに挑む姿に密着取材する。




 河丘がモーターを操作する木製の小船(ボート)は、プテラノドンの目撃地点を目指してアマゾン川を上流へと突き進む。小船に同乗するのは、河丘と同じ迷彩柄のツナギを着た四人の隊員と、一人の現地ガイド。どのような者たちなのか、河丘に紹介してもらおう。


河丘「今回集めた隊員は、ミッション成功に欠かせない精鋭たちだ。しかし、全員苗字が『高橋』で、四人のうち二人が下の名前まで重複している。だから誰を呼んでいるのかわかりやすいよう、俺があだ名をつけた。今後はそのあだ名で呼ぶ。まずは『怪力(かいりき)』。隊員の中で一番パワーがある」


 怪力隊員、二十五歳。メンバーの中で最も背が高く、体格が良い男。普段は週に五日、スポーツジムで肉体をいじめ抜いている。持ち前のパワーを生かし、隊では荷物運びなどを担当する。


河丘「次は『ガリ勉』。東大の理科二類に合格した、隊で最も知能が高い男だ。六浪したそうだが」


 ガリ勉隊員、三十三歳。フレームのない眼鏡をかけている男。東京大学の理学部生物学科卒で、あらゆる生き物の生態に詳しい。ジャングルで未知の生物に出くわしても、この男ならすぐさま分析し、隊員たちを危険から守ってくれるだろう。


河丘「そして『山猫(やまねこ)』。プテラノドンを見つけたら麻酔弾を撃ち込むという、非常に重要な役割を担ってもらう」


 山猫隊員、二十八歳。ライフル銃を背負い、一人だけ武装している男。大学時代にスポーツ射撃の全国大会に出場した経験がある、腕利きの狙撃手だ。空を飛ぶプテラノドンでも、百発百中で撃ち落としてくれるに違いない。


河丘「最後に、『O型』。どの血液型の人間にも輸血できる、O型のRh null型の男だ。非常時にきっと役立ってくれる」


 O型隊員、二十一歳。深い密林を踏破するために必要な技能は持っていない、一見するとどこにでもいそうな男。だが、隊員が激しい出血を伴う怪我をした際、彼の血を輸血することができる。隊の生命線と言える最重要な存在だ。


 この四人に、アマゾンの地理や周辺で使われている言語に精通した現地ガイドのホセさんを加え、プテラノドンの捕獲に挑む。


 河丘とホセさん以外の隊員は、アマゾンに立ち入った経験がない。それゆえに、自分たちがいかに危険な地にいるのか自覚がないのだろう。それぞれが軽口を叩き合っている。そんな彼らへ、河丘から(げき)が飛ぶ。


河丘「アマゾンでは、一瞬でも気を抜いたら命を落とす。ここにいる動植物のすべてが俺たちの天敵だ。強く肝に銘じろ。俺たちはすでに、世界で最も危険な地帯にいるのだとな」


 河丘の言葉を聞いた隊員たちは黙り込んだ。これは小学校の遠足ではないのだと、認識を改めたのだろう。小船の上が、強い緊張感に包まれる。河丘の発言は、決して大袈裟なものではない。今、我々が乗る小船が走っているアマゾン川、その茶色く濁った水の中には多くの危険生物が潜んでいるのだ。


 たとえば、個体によっては体長六メートルを超すワニ、クロカイマン。こいつに襲われれば、人間などひとたまりもない。強靭な(あご)で体を噛み千切られ、ランチにされてしまうだろう。


 注意すべきはクロカイマンのような巨大生物だけではない。小型の魚、カンディルにも警戒が必要だ。カンディルは獰猛(どうもう)な肉食魚で、群れで獲物を襲い、口や肛門、尿道など体中の穴という穴から体内に侵入。内側から内臓を食い尽くし、一瞬で骨にしてしまう。悪名高いピラニアより、はるかに危険な魚なのだ。


 こういった生物が、木製の小船を(へだ)てたすぐ下でうようよしている。探検隊はすでに、死と隣り合わせの状況にあるのだ。


河丘「全員、俺の指示に従え。従えない奴は、この場でアマゾン川に放り捨てるからな。アマゾンを甘く見た人間はどうせ死ぬ。早いか遅いかの話だ」


 脅しとも思える河丘の発言。隊員たち全員の表情が瞬時に強張(こわば)った。この言葉も、冗談などではない。河丘はその身をもって、アマゾンの危険性を嫌というほど経験している。河丘がアマゾンに立ち入るのは、これで四回目。過去にも探検隊を結成してジャングルの踏破に(のぞ)んだが、毎回多くの仲間を失ったそうだ。プテラノドンを捕獲すること以上に、このアマゾンから生きて帰ることこそ本当に難しいのだと河丘は考えている。


河丘「もしプテラノドンを見つけたとしても、お前たちが命を失うリスクがある状況なら、捕獲せずに撤退する。何よりも優先すべきは、全員生きて帰ることだ。わかったな?」


 先ほどの発言とは一転、初めてプールに入ったとき一緒に付き添ってくれた父親のような頼もしさを見せる河丘。アマゾンの危険性を知っているからこそ、命を守ることを何よりも重視しているのである。


 安堵(あんど)する隊員たち。同時に、探検隊の結束がより一層強まったように感じた。しかし、世界一の危険地帯・アマゾンは、問答無用で我々に洗礼を与える。


 小船の底から強い衝撃が加わった。身を(かが)めて(ふち)を掴んでいないと体勢が(たも)てないほどの衝撃。それが何度も我々を襲う。一瞬だけ水面に、何かの生き物の体表らしきものが露出した。黒っぽくて、つやがある。


河丘「何だあれは!?」

ガリ勉「隊長! オオカワウソです!」


 ガリ勉隊員が、その豊富な知識で即座に生き物の正体を特定した。


 オオカワウソ。アマゾン川流域に生息するカワウソで、その全長は一・八メートルにもなる。カワウソと聞くと可愛らしい姿をイメージするかもしれないが、それは日本でペットにされることの多いコツメカワウソの話。オオカワウソは、その巨体と鋭い牙や爪を駆使し、ときにワニを狩ることもあるアマゾン川のハンターなのだ。人間が襲われ、命に関わるほどの大怪我をした事例もある。


 そんなオオカワウソの群れが、我々の小船に狙いを定めてきた。集団で繰り返し船底に体当たりし、転覆させようとしている。すぐにこの場を離れるべく隊長が小船のモーターを作動させるが、動かない。オオカワウソに体当たりされた衝撃で、故障してしまったようである。


 なす術なし。小船はひっくり返され、我々は川に投げ出された。流れは速く、底に足はつかない。この状態で、水中を主戦場とするハンターたちと交戦することなど不可能だ。


河丘「全員、全速力で岸へ泳げ!」


 蛮勇(ばんゆう)は死を招く。撤退することこそ、今できる最善策。河丘の指示に従い、我々は岸に向かって全力で泳ぐ。幸い、岸までの距離はおよそ十メートル。そう遠くない。だが、急流が体力を奪う。なかなかたどり着けない。


 陸で暮らす我々が泳ぐ速度よりも、背後からオオカワウソが接近する速度のほうがはるかに上。群れが、最後尾を泳ぐO型隊員に接近する。このままでは、あの鋭い牙で八つ裂きにされてしまうだろう。


 しかし、想定外の事態が発生する。なんと、オオカワウソの群れが引き返し始めたのだ。水中でなら、我々を皆殺しにすることなど簡単だったはず。そうしなかったのは、我々は(えさ)にすら値しない、取るに足らない存在だと判断したからだろう。


 小船を転覆させたのは、オオカワウソたちにとってほんの遊びのつもりだったのかもしれない。「人間を(おど)かして、馬鹿にしてやろう」、その程度の動機で始めたことだったのだと思える。だが、そんな遊びでさえ、我々が命の危機を感じる絶望の時間となるのだ。オオカワウソは、アマゾンの「片鱗」に過ぎない。その「片鱗」だけで、人間の命を(おびや)かすには充分すぎるほど強大な力を持っている。アマゾンと我々との力関係が、川の泥水よりも身に沁みた。


河丘「急げ! 泳げ!」


 理由はどうあれ、逃げ出す絶好の機会がやって来た。餌だとすら認識されなかったのは我々の弱さゆえ。生物としてあまりに脆弱(ぜいじゃく)で、張り合いがないと思われたからだろう。それでも、命を取り留められるのなら甘んじて受け入れる。恥をかいたとしても、自然界では生き延びられれば「勝利」なのだ。


 オオカワウソたちの機嫌が変わる前に、岸へ向かい腕と足をかく。何とか、一人も欠けることなく陸へ上ることができた。オオカワウソの群れは追ってきていない。助かったのは、運が良かったからだろう。それ以外の要因は、何一つとして存在していない。


河丘「これがアマゾンだ……。陸に上がったからといって安全ではない。気を抜くなよ」


 河丘の言葉を受け、改めて身を引き締める隊員たち。プテラノドンの目撃地点まで小船で向かう予定だったが、ここからは陸路を進まなければならない。木々が生い茂るジャングル。川とはまた違う危険が待ち受けているだろう。


 不幸中の幸いだったのは、持参した荷物をすべて隊員たちが身に着けていたため、川に流されなかったことだ。物資が残っていれば、ミッションを継続できる。


 はたして探検隊は、この広大なジャングルを無事に乗り越え、プテラノドンを捕獲できるのだろうか。

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