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第十四話 祈りの果て、本当の願い その2

「これが、この町に伝わる伝承……そして、他でもない君が過ごした、この夏の真相だよ」


 地面は仄暗ほのぐらく陰り、夕焼けすら消えかけた、夏空の下。


 誰もいない寂れた田舎道を歩いていた私は、この町に伝わる伝承の、私の知る限り全てをそう締めくくって語り終える。


 振り返ってみると、それは、随分と長い話だった。


 生と死が同時にそこらに転がる時代から数え切れぬほどの年月が経ったというのに、人の心は変わらず、願いの形は変わらず、愚かな程の救いを求めてしまう悲劇は、いくつも起きた。


――ギュッ


 手に強い束縛を感じ、そっと隣に目を向けると、先ほどまで語り部の話に静かに耳を傾けていた少女は、俯きながら、それでも私の手を握って、前へ前へと歩いている。


 声もなく、垂れた黒髪と暗闇に覆われつつある世界のせいで、その心情を知ることは叶わない。でも、私はそれで良かった。


 だって、私は彼女の悪で在らなければならない。夢を終わらせ、現実を突きつけたうえで、それでもまだ、ほんの僅かでも希望を持たせて、生かし続けようとしているのは、私の意志だ。


 だから、これから先。私ですら知らない救いの結末が苦しみと失意の悲劇で終わった時には、その絶望と憎しみの全てを私が受け止める。そして、受け止めたうえで、私は生きなければならない。


 幸福も不幸も、人を生かし続ける糧にはなるけれど、幸せがいつまでも残り続けるのに対して、憎しみは燃やし続けなければ生きていけないのだから――――



「真那」


 静寂を打ち破る、一つの声。


 唐突に名前を呼ばれたことで、私の思考はぷつりと途切れる。


 少しの驚きと衝撃につられてさっきより強く振り向くと、そこには、先ほどまでと変わらない様子の祈李君がいた。


 あまりに変化のないその様に、さっきの言葉が、幻聴だったのかと思う。けれど、


「真那」


 もう一度、彼女は私の名前を呼んで、その零れ出た息遣いが、言葉の現実性を私に味わわせた。


「……何?」


 呼ばれたからには答えないわけにもいかず、私は彼女に呼んだわけを尋ねる。すると、彼女は前が見えないほどに俯いて、さらに少しだけ私の手を握ってから、口にした。


「真那は、さ。その人たちの事、どう思ったの?」


 それは冷静な、けれど、どこかとてつもない不安を孕んだ声だった。


「その人たち、っていうと……」


 わかってはいるものの、念のために聞き返すと、


「さっき話してた、亡夢伝承っていう、物語になった人たち」


 そう返された私は、つい、その目を逸らす。すぐに言葉を紡げなかったのは、私が多くの立場を知ってしまっているからだ。



 はるか昔、話の原初となった、在ったはずの全てを失った男。


 少し前、巨大な運命に翻弄され、一番大切なものを失った女。


 そして、生まれ落ちた瞬間から、何一つを失っていた少女。


 不幸、哀れ、悲惨。その人生を主軸として客観的に形容するだけならば、それらの言葉で十分に示せた。けれど、物語というものは、主役だけでは成立しない。


 メインストーリーがあるのならば、そのそばには、主役になれなかった誰かのサイドストーリーがいくつも転がっている。


 立場が変われば、見方は変わる。見方が変われば、感じ方も変わる。


 当人が何もしていなくても、状況がそろえば、犯人だと思われることはある。


 当人には紛れもない真実だったとしても、根拠を知らない誰かに、虚構としか見られないことはある。


 当人には見えなかったとしても、いくつもの手が、救わんとして差し伸べられていることはある。


 だから、仮にその全てを含んで評価するならば、正しい答えなんて、どこにも存在しえないのだろう。


――――ただ、それでも。




「そうだね、これはあくまで、私の一個人としての感想だけど……」


 例え、後押しする手も、肯定する声がなかったとしても、これだけは、言える。


「物語になるまで、生きた事。少なくともそれだけは、何よりも褒められるべきだと思ったよ」


「……褒め、られる?」


「そう、褒められる。よく、生きるのが当たり前のこととして言われるけど、それはそもそもの前提と、私は思うんだ。


 私を含めて、いわゆる普通の人間にあるのは、どう生きるかという選択だ。何でもないものが、いくつもの選択をした結果、それを選んだ何かになる。例えそのせいで悔む最期を迎えたとしても、自分が選んだ人生だから、受け入れて終えることができる。


 けど、彼らの場合は、そもそもが違う。彼らはまず、生きなければならない理由を探さなければならなかった。死でさえ結果ではなく、あくまでも選択の一つでしかなかった。


 ただ生きるというのは、普通に見えて、何よりも苦しみを伴う拷問だ。そのためにしなければならないことに対して、あまりにも、見返りがなさすぎる」


 そこまで言ったところで、私の脳裏に、横並ぶ少女の人生が浮かぶ。その上で、私は更に言葉を紡ぐ。


「だから、もしかしたら彼らはその身に背負った悲劇と共に、名もなき誰かとして死んでいても、何もおかしなことはないはずだったんだ。でも今、私達は確かに彼らの生きた過程を、物語として知っている。それは彼らが、それでも生きたからに他ならない。


 奇跡はあった、でも、生きようと思ったのは、彼らの意志だ。どれだけ残酷なことだとしても、先に希望を見出したからだ。なら、その判断は、きっと誰かに褒められたって良い。むしろ、褒められなきゃダメなんだよ」



 無意識に、言葉が熱を帯びる。


 ああ、そうさ。本当は、彼女のこれまでの人生は褒められなければいけないし、認められなければいけない。


 わかってる、わかってるさ。けど、それは今じゃないし、何より私が言うべきことではないことを、私が一番わかっている。



 冷静さを取り戻すべく、一つ息を吸う。ぬるい空気が肺に満ちると、血流に乗せ、溢れかけた熱を体中に溶かしていく。


 重なっている手のひらを通して、その熱が伝わらないか、少し不安になった。もう嘘をついているのは、とっくにわかっているはずだ。でも、それと私の役割とは、また別だ。


 そして、決まっていた覚悟をさらに固く結んで、私は、それを口にする。



「ただ、今の君には、その言葉をあげることはできない。決して君のこれまでを否定してるわけじゃない。その理由は、君にはまだ彼らと違って、可能性が残されているから。君の物語は、まだ終わったわけじゃないからだ。


 でも、あくまでそれは、本当に僅かな可能性だ。だから、もし仮に上手くいかなくて、君から、今度こそすべての希望を奪うことがあったのなら、その時は、“どうかわたしを恨んでほしい”。恨んだうえで、それでも――――」




「――――それでも、君には生きてほしい」




 言い終わっても、私は前を向き続ける。彼女の方を向いてしまうと、捨てたはずの優しさが、きっとまた湧いてしまうから。


 ただ、それを告げてから再び強く握られた手だけは、同じくらいに、握り返す。


 気づけばもう、あたりに光はほとんどない。こんな状況で、万が一にも逸れてしまったら、もしかしたら、今度はもう見つけられないかもしれないから。



「真那」


 薄暗い闇から、声が響く。


「……ありがとう」


 返答はしない。きっと、今度こそ幻聴だ。


 だって、そんなことを言われる理由なんて、何もないんだから。

 

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