第十二話 巡魂祭り その5
「あの、すみません」
すっかり日も沈みかけた頃、私は目の前の人物に話しかける。これで、多分話しかけるのは12人目。自分だとバレたくなくて顔まで隠しているのとは正反対の事をしているけれど、背に腹は代えられない。
あの子を、祈李を、一人にはできないから。
「えっと、私ですかね?」
突然話しかけられたからか、女性は困惑しているような表情をして、私に尋ねる。
「はい、その、突然すみません」
「ああいえ、それは大丈夫です。それより…その、申し訳ないですがどなたですかね」
「えっ、あ、えーっと……」
そう言われ、これまで話しかけた人は見ず知らずにもかかわらず話を聞いてくれたため、どうしていいかわからず少し狼狽える。すると、まだ少し警戒の色を見せながら、
「……もしかして、初対面の方ですかね」
「あっ、はい! そうです!」
察してくれたことで、つい大げさに反応してしまう。けれど、その人は気にも留めない様子で、話を移した。
「そうですか。それで、私に何の御用でしょうか」
「あ、そうですよね、すみません……」
気を取り直して、私はその要件を尋ねる。
「実は、友人がはぐれてしまいまして、それで、今探しているところなんです。えっと、私が来ているのと同じ浴衣を着てて、背丈も多分同じくらいの女の子なんですけど……見かけませんでしたか?」
ここまでいろいろな人に聞いたものの、結局見かけたという人はいなかった。だから、半分神頼みのようなつもりで聞いた。けれど、
「すみません、残念ながら見かけはしなかったですね」
「……そうですか」
今回もダメだった。それはそうだ、これだけの人数がいる中で見ず知らずの他人を見かけて、まして覚えているなんて人がそうそういるわけない。
そして、しょうがない、またほかの人を当たろうと、お礼を言って去ろうとしたその時、
「でも、多分見つけられると思いますよ」
そんな声が、私の耳に届いた。
「え?」
「……その、迷子になった友人の名前って、祈るに李ってかいて祈李じゃないですか?」
「は、はい、そうです! けど、どうして?」
「私、彼女のいとこなんです。といっても、そこまでの関係ではありませんが。でも、連絡くらいなら取れると思います」
「そういうことなら、その、お願いしてもいいですか?」
「構いませんよ。ああでも、少しお時間いただくかもしれませんけど」
「大丈夫です」
そう答えると、そのいとこだという人は携帯電話を取り出すと、連絡を取り始めた。そして、暫くして、
「連絡、出来ました。しばらくしたらここに来ると思います」
「本当ですか!ありがとうございます!えっと、何かお礼を……」
「いやいや、結構ですよ。これくらい誰でも出来ますし」
「そんなことないですよ。えっと……すみません、名前を聞いてもいいですか?」
「真那です」
「まなさん! あなたがいなかったら多分、この後もまだこんな風に人に尋ね続けることになってましたから。ですから、何かお礼をさせてください!」
「いえ、ですからそれは……」
「私の気が済まないんです。あ、もしかして急ぎの用があったりしましたか?」
「ああいえ、特には。でも、そうですか……」
そういうと、まなさんは少し悩む素振りを見せた後、
「どうしてもとおっしゃるなら、聞きたいことがあるのですけど」
「はい、なんでしょう」
「……貴方の知る祈李君について、教えていただけませんか?」
※※※※※※
「失礼します」
隣に座るよう促すと、その子はそういいながら腰かけた。先ほどまでの様子や話し方的にも、多分いい子なのだろうなと思う。
「えっと、それで、何から話せばいいですかね」
「え、ああ、えーっとそうですね……」
さっきああは言ったものの、肝心の何を聞くかについては考えていなかった私は少し悩み、そして、あることに気付き、それを聞いてみることにした。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでしたね。というわけで、いいですか?」
「勿論です、というかまずはそうですよね……ここでなら、いっか」
そういうと彼女は少し俯き、先ほどまでつけていた狐面を取り外す。それから、素顔のままこちらを向くと、
「私は、澄希っていいます。澄みわたるに希望の希ですみきです」
まっすぐ私に向けられる目はやや茶色、髪は短く漆黒で、顔立ちは主観的に言うならば綺麗。先ほどまでつけていた狐面のせいもあってか、ほんの少し魔性を感じさせるようなその少女は、そう名乗った。
「澄希さん、ですか」
「はい。以後、は会うかわからないですけど、覚えていただければ」
「こちらこそ、よろしくお願いします。というわけで、そろそろ本題に」
コホンと、かしこまったように咳払いをして話し始める。
「それじゃあ、祈李君の印象から聞かせて下さい」
「印象ですか、そうですねえ……出会ったばかりの頃は、なんていうか、すごい怖がりな子だなあって思ってました」
「怖がりっていうと、人との接し方ですかね」
「ですね。私は普通に接してたつもりなんですけど、会話の返答とかの一つ一つにすごい意識を割いてるっていうか、どう見られてるかを気にしてるみたいな」
「じゃあ、逆に今はどうですか?」
「色々あって結構変わりましたけど、特にいうなら、素直っていうか、ちょっと子供っぽくなった気がしてます」
「やっぱりそうですか」
「やっぱりってことは、まなさんから見てもそうなんですか?」
「まあはい、そうですね。元々彼女、良くも悪くもあまり感情を表に出しきらないというか、達観してるような感じだったんですけど、最近は年相応らしくなったような気は、します。」
「……よく、見てらっしゃるんですね」
「え?」
「ああいえ、まなさん、いとこって言っていた割にはすごい詳しいので」
「まあ、色々ありましたから、彼女。だから、個人的に気にかけてたんです」
「成程、そういう事ですか」
うんうんと、納得したように彼女は頷く。
その、何気ない言葉と仕草が、引っかかった。
色々ありましたからと、私は濁す様にそう言った。けれど、彼女はそこに追求することはせず、ただ納得した。
それはつまり、この澄希という少女にとって、祈李の事情は知らぬものではないという事を意味している。
それが、どうしようもなく気になって、
「……澄希さん」
「はい、なんですか?」
私の思考など何も知らぬ彼女に、私はその質問を口にした。
「その、つかぬ事を聞くんですけど、祈李君の事情ってどこまで知ってます?」
そう問うと、少女は、少し躊躇うような表情を見せた。
正直、それがもう答えなような気がしたが、私は彼女の言葉を待つ。
そして、少し経って。
躊躇いを収めた彼女は、静かに一度目を閉じる。それから、確かな気持ちを宿したその目を開いて、
「多分、全部聞きました。彼女自身ですら語りたくないようなことも、全部」
また、少し目を伏せながら、思い出す様にそう答えた。
祈李君が、彼女が、自分自身についてを語った。
あれだけ人の醜さに触れ、拒絶すらも諦めて過ごしていた彼女が、自分の内を理解してもらおうと、誰かにそれを打ち明けた。
多分、とは言っているものの、きっとその告白は、私達ですら知らない彼女の思いも含む全てだったのだろう。
そして、それはつまり、彼女にとってこの澄希という少女こそ、この世で一番の理解者であると。彼女こそが、他でもない救い人なのだと、祈李君は認めたのだ。
……だから、私は、
「そうですか。なら、あなたはやっぱり選ばれたんですね」
この場にいない誰かの代表であるかのように、その言葉を彼女に告げた。
「……え?あの、えっと、どういうことですか?」
困惑する彼女に、私は言葉を続ける。
「澄希さん。今の彼女について一番知っているのは、多分貴方なんです」
「私が、ですか?」
「ええ。彼女がそこまで心を開いたのは、きっと貴方が初めてだと思います」
「そうなんですか?」
「はい、ああいや、すみません。やっぱり少し違いますね。正確には、それまで誰にも心を開かなかった、開けなかったが正しいかもしれません」
「それは、その」
「…貴方と祈李君の仲がどれ程の物なのか私は知りませんが、少なくともそれは、きっと誰かが彼女にあげたかった希望です」
心にもなかったはずの言葉を、口にする。
「でも、それを羨む人こそいても、否定する人はいないと思います。彼らは、どんな形であれ、彼女の幸福な生を願っていたのですから」
澄希さんの顔を見ず、ただ淡々と。
「だから、私が言えたことではありませんが。彼女と、これからも仲良くしてあげてください。それがきっと、彼女にとって最も良い事でしょうから」
「……はい」
顔を上げると、明るくはなく、けれど、笑みを浮かべながら、彼女は確かにそう返答する。
その表情は、言葉で表現するならば、慈しみが、最もふさわしかったと思う。
「…すみません、自分で聞かせてほしいって言っておいて、私ばっかり話した屋いました」
「いえ、大丈夫ですよ」
「なら、いいんですけど」
「……にしても、結構話しましたけど、祈李、まだ来ませんね」
「言われてみればそうですね」
「大丈夫かなあ」
「そういえば、そもそもどうして逸れたんですか?」
「あれ、言ってませんでしたっけ?」
「ですね」
「実は、暫く遊び系の屋台を回っていたんですけど、それで私が熱が入っちゃって、それで、私一人がやってるのを祈李が見てる感じだったんですけど、気づいたらいなくなってて」
「……あの、失礼かもしれませんが、普通気づきませんかね、それ」
「いやあ、その、集中してたせいかあんまり周りを気にしてなくって」
「……ふふっ」
「ちょ、何ですか急に」
「すみません、さっきまでの雰囲気との差でちょっと」
「なっ、私大真面目なんですけど」
「いや、わかってますけど」
「けどって何ですか、けどって」
「……言わないでおきます」
「そう言われると気になるじゃないですか!」
「まあまあ、それよりほら、今は祈李君の心配をしましょうよ」
「あんたに心配される筋合いないんだけど」
後ろから、突如聞こえたその声で、私は思わず振り返る。そこには、見慣れぬ装いをした祈李君が立っていた。
「祈李君、いつから?」
「いや、それは今さっきだけど……もしかして、何か私のこと話してたりしたの?」
目を合わせて早々、余計なことを話してないよな、とでも言いたげな目でこちらを見てくる。
面倒なことになるとあれだと思い弁明をしようとしたが、その前に、口を開く人がいた。
「せっかくいとこの人に会えたから、私の知らない祈李の事を聞いてただけだよ」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと。あ、それとももしかして、聞かれちゃ恥ずかしい話でもあった?」
「いや、そんなことはないですけど……」
「心配しなくても、本当にただ話してただけだから」
そういうと、澄希さんは立ちあがり、狐面を着け直してから彼女の元へと歩み寄る。そして、此方を振り返ると、
「それじゃあ、祈李も来たので、私はそろそろ行きますね」
「ああ、はい」
「……ありがとうございました」
「……いえ」
端的な返事を聞くと、彼女は祈李君の方へと向き直り、そのまま彼女の手を引いて歩いていった。
その、仲のよさそう背中を見送ると、私もゆっくり立ちあがる。
そして、そのまま時雨家へと足を向けると、あの、狐面に覆われた顔を思い返しながら、私は歩き始める。
――それが、最初で最後の出会いであることなど、まったくもって知らないままで。




