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第十二話 巡魂祭り その4

「……、ここだ!」


 その声と共に、狙いすまされた一撃が放たれる。弾はまっすぐな軌道を描きながら飛んでいき、やがて目標へと到達して。


――コンッ


 そんな軽い音を立てて、地面へと落下した。


「嬢ちゃん、残念だったね。また挑戦してくれよな!」


 気前のよさそうなおじさんからの慈悲なき言葉を背中に受けながら、私は射的の屋台を後にする。そして、すっかり遠目になった頃、


「まったく、そもそも射的屋なんて景品が取れない様になってるんだ!」


 根拠のないヘイトスピーチを述べる。無論私にも非があるのは確かだけれど、それはそれとしてあそこまで取れないのは流石に何かの陰謀が…


「なあ、真那」


 不意に名前を呼ばれ、私は顔を上げる。彼方君が、若干呆れたような目で私を見ていた。


「何だい彼方君、私は今祭りに潜む闇についてだね」


 私は彼にもこの陰謀に同意してもらおうとした、その瞬間。


「そういうの、負け惜しみっていうんだぜ」


 彼方君はニヤリと笑いながら、私にそう告げた。


 反撃をくらわそうとしたものの、その手に先ほどの屋台で得た景品を持つ彼の言葉の攻撃力は高く、正面衝突では反論できそうにない。だがしかし、そこで引き下がる私ではなかった。


「お言葉だがね彼方君、君はそんなに景品を取れて、私は一つも取れない。これはあまりに理不尽じゃないかい?」


「真那は明らかに倒れなさそうなデカいの狙ってるのが悪いんだろ。ああいうのをとるんなら、午後のある程度誰かが狙った後にやるんだよ」


 得意げにというわけではないが、その言葉には確固たる自信が感じられた。


「なんだい、まるでとったことのあるような言い方じゃないか」


「ま、実際とったしな」


「……え、本当に?」


 数秒遅れの驚愕を思わず私は言葉にし、その疑問に、彼は淡々と答える。


「一回だけだけどな。あの店主雑だから、大きな箱とかだと多少ずれたくらいじゃ直さねえんだよ。だから協力してほどほどを狙いまくって取った」


 それは、先ほどまで考えなしに打っていた私には到底思いつかない作戦だった。


「……君、案外頭脳派なんだね」


「流石に失礼すぎねえ?」


「や、だって君、普段が普段だから」


「ガキがガキらしくして何が悪いってんだよ」


「それは…確かにそうだね、私の負けだ」


「なら次の屋台奢りな」


「それとこれとは話が違うと思うんだけど」


「そこはカッコよく奢ってくれるところじゃねえの?」


「私、かっこよくよりかわいくの方が向いてるんだよね」


「……はっ」


「おい今鼻で笑っただろう君」


「いや、だって……」


「だって、何だい」


「……いや、やっぱりいいや」


「ねえそれが一番傷つくんだけど」


「なら言った方が良い?」


「それはそれで駄目だ、心が傷つく」


「どっちにしろ駄目じゃねえか」


「彼方君、君は優しい嘘ってのを学んだ方が良い」


「授業で習ったら覚えとくわ」


 そういう彼の目線は、次に行く屋台を見据えていた。心の中で大きなため息を吐いた私は、仕方なくその話をそこで終えることにした。


「……お互い痛み分けってことで、この話はおしまいにしよう」


「10:0で俺の勝ちだろ」


「いつまでも終わった話にこだわるんじゃない。それよりほら、次はどうするのかを教えたまえよ」


「ええ……まあいいけどさ。そうだなあ、飯系そろそろ行く?」


 そう言われ、スマホを見る。確かに時刻は正午を過ぎていて、同時に自覚したかのように空腹感が襲ってきた。


「時間的にもちょうどいいね。そうしようか。彼方君は何食べたい?」


「えー、どうすっかなあ……」


 そう言いつつ、彼方君は辺りを見回す。私もそれにつられて屋台に目を向けると、先ほどまでいたような遊び系のものあるが、やはりメインとしては食べ物系が多いからか、多種多様な料理の名前が目に留まる。


 金額はお祭り価格という事もあってやや高いが、それでも、この雰囲気と空腹による誘惑を乗せれば、十分適正価格だといえるだろう。


 この娯楽の少ない町において、この巡魂祭りはまさしく非日常の頂点だ。あらゆる町の人間が年齢、性別問わず一同に会し、その熱気と高揚感に酔いしれる。


 普通は愛すべきものであるが、それでもこの非日常は求めずにはいられない。繰り返す日々は退屈であり、心のどこかで誰しもが僅かでも変化を求めているから。


 もっとも、例外は存在するのだけれど。


「あっ」


 隣から聞こえた声によって、思考を戻す。気になる屋台でも見つけたのかと思い私はやっぱり奢ろうかなどと考えながらそちらを振り向く。けれど、その先の少年の表情は、驚きだった。


「どうかした?」


「なあ、あれ」


 そう言うと、彼は目線の先へと指をさす。そして、つられてその先を見た私は、彼と同じように驚愕の感情を抱いた。


 そこそこ離れたその場所にあったのは、浴衣姿ではあるものの、何度も見たことのある顔。隣に立つ同じ浴衣を着た少女に楽しそうに笑いかける、祈李君の姿だった。


「あれ、祈李だよな」


「だと、思うけど」


 わずかな不安を抱える声へ私も曖昧に返答し、そして、しばしの沈黙。


 その間にこちらに気付く素振りもなく歩いていく彼女らをただ見送る。それ程の衝撃が、私達を襲っていた。


 彼女が、【幸福そうに笑っている】


 それは、誰もが成しえようとして、届くことのなかったもの。私はそうなのだろうと結論付けてはいたが、こうして改めて現実として見せられると、心とは何て無慈悲なのだろうと思う。


 守ろうとしたもの。家族であろうとしたもの。救おうとしたもの。手を掴もうとしたもの。その全ては、彼女の純粋たる失意に答えることはなかった。


 祭りを楽しむ誰か達の声や賑わいが耳に響く。既に見えないほどに溶け込む彼女達とは対称的に、私達は猛烈な孤独感を身に浴びる。


 やがて、彼女たちの姿は見えなくなった。それと同時に、私達も解放される。


「……見えなく、なったね」


「ああ、うん。そうだな」


 事実を伝えると、彼は曖昧に返事をする。心の伴わないその返事は、体だけが騒がしい現実に戻ってきたのだけを意味しているような気がした。


「……あー、その、とりあえず、何か買いに行かないかい?」


「買うって、何を?」


「いやほら、昼食用に何か買わないかって言ってたじゃないか」


「あ、ああ、そういえばそうだった」


 そういって、互いに誤魔化しながら笑って歩き出す。ある屋台に立ち寄り、いくつかの食べ物を買って空いた場所へ向かい、美味しいと言いながら口にする。


 午後の下がりゆく陽の元、私達は巡魂祭りを謳歌した。当たり前に存在する日に場を、当たり前に消費し続けた。


 意味なんてない。ただ楽しいという事実が何事よりも尊いものなのだと、心に淀む何かを見逃しながら過ごすその時間に意味なんてないと分かりながら、私達…いや、私はそうせざるを得なかった。





「……あ、連絡きた」


 陽光が消えかける夕暮れ、スマホを見た彼方君が呟く。


 私たちは屋台を一通り巡ったのち、彼方君がそろそろ約束の時間だという事なので本筋を後にし、外れにある人気のない場所で過ごしていた。


「友達、どうするって?」


「花火前に来るって。ちょっとは屋台回りたいらしい」


「良かったじゃないか、ドタキャンされなくって」


「よかねーよ。どーせ行くの遊び系なんだから、屋台回るんならもうちょい早く言えっての」


 溜息を吐きながら、画面の先の友人に対して悪態をつく。というものの、遊び系の屋台に関しては、既に大抵を巡っていた。


「まあまあ、私と友達と回るのだとじゃ感覚も違うだろうし、いくつかはリベンジってことでいいんじゃないかい?」


「いや、小遣いは余ってっけどさあ」


「それに、一時の感情で仲のいい友達を失っちゃあ元も子もないだろう?」


「…まあ、そっか」


 彼方君は納得したのか口をつぐむと、スマホをしまって座っていたブロックの縁から降りた。


「行くのかい?」


「集合場所はもともと決めてたからさ」


「じゃあ、私も子守はここで終わりってことか」


「子守っていう割には真那も楽しんでただろ」


「それはあれだよ、自分の童心の子守をしてたのさ」


「なんだよそれ」


「今日は君と過ごせてよかったって話」


「……あっそ」


 それだけ言うと、彼方君はそのまま賑わいの元へと消えていった。



「……はぁ」


 去り行く背中を見送った後、私は一つ溜息を吐く。それからまだ昼の温かさを残す空気を吸い込むと、顔を上げて辺りを一瞥する。


 自分と同じように巡り疲れてか休憩している人はまばらにいるものの、距離が離れているため実質的には独りぼっちだ。


 そして、その孤独感のせいか、私の脳裏に思い返さないようにしていた光景がよみがえった。


 この夏はいろんな彼女の顔を見た。諦観、失望、悲しみ。恥じらい、懐古、苛立ち。嘲笑、不快、呆れ。大昔の何もない彼女と比べればずいぶんと豊かであるものの、決して幸福そのものは存在しなかった。


 けれど、あの時の彼女が浮かべていたあの笑顔は、紛れもない幸福から生み出されたものなのだろうと、そう思う。


「……誰なんだろうなあ、あれ」


 思い浮かべるのは、彼女の隣に並んでいた少女。遠目ではあったが、何かの面をつけ、彼女と同じ浴衣を着ていた。


 彼女の言葉や様子から、この夏に誰か新たな人物と出会っているのだろうとなんとなく思ってはいたが、ああして実際に見ると、心に浮かぶものがある。



 完全な憶測でしかないが、きっと、彼女が祈李君の救い人なのだろう。そうでなければ、彼女があんな顔を浮かべるとは思えない。


 結局、この夏に彼女を救うべく奔走していた人物は、その全てが徒労に終わったのに果たして気づいているのだろうか。もし知っているのだとしたら、一体、何を思うのだろうか。


 もし、私がその人物に会えるのならば、一体何を思うのだろ……



「あの、すみません」


 その声で現実に引き戻されるのと同時に、私は目の前に誰かが立っているのに気が付いた。


 その状況と先ほどの言い方から、誰かが私に用があって話か開けたのだと悟り、私は顔を上げる。そして、


「……え?」


 思わず、そんな声を出す。


 何故ならば、私の眼前にいたのは、狐面をかぶった人物だったから。

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