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第十二話 巡魂祭り その3

「……すごい」


 眼前のその熱と賑わいに満ち溢れた光景を初めて見た私は、思わず呟く。


 夜中に合流してから数時間後、私達は日の出を見ながらのんびりと道を歩き、祭りの会場である役場付近へとやって来た。


 普段は閑散としていて、人なんてほとんどいないその場所には、たくさんの屋台が並び、様々なもので飾り付けられ、老若男女問わずに多くの人々が集まっていた。


 騒々しさが場所全体を包み込み、あふれ出す活気は、その行事が人々にとって特別なものであるのを今も示している。


「ふっふっふ、これがお祭りというものだよ、祈李」


 声が聞こえ横を向くと、狐面で顔を覆った澄希さんが上目遣い?でこちらを見ていた。その表情は見えないものの、きっとお手本のようなどや顔をしているのだろうなと思う。


「人が集まるとは聞いてましたけど、ここまでとは思わなかったです」


「お、それは期待を無事に超えたってことでいいのかな?」


「まあ、はい」


「ほほう、そう言ってもらえると、私としては誘った甲斐があるってものだよ、うんうん」


 澄希さんは体勢を戻すと両腕を組み、しみじみと頷いた。


「頷くのまだ早いと思うんですけど」


「いやまあ、それはそうなんだけど、祈李、すっごい新鮮そうな顔してるから」


「え?」


 言われて、顔をペタペタとと触る。けれどやはりというべきか、自分の表情は分からなかった。


「ふふっ、分からないでしょ」


 くすくすと、お面の奥から笑い声が聞こえる。が、やっぱりその表情は分からない。


「ずるいですよ自分だけ、というか……本当に外さないんですね、それ」


「ん? そりゃあ勿論。私、今化けてますから」


 そういうと、澄希さんは腰に当て、堂々とした様子で私の方を向く。面に加えて、浴衣まで来ているその装いは、確かに誰だかを特定するのは難しい気がする。とはいえ、


「やっぱり目立ちません?」


「いやいや、そんなことないって」


「説明はされましたけど、誰もいないじゃないですか」


「だからそんなことないんだってば……って、あ、ほら!」


 そう言うと、澄希さんは唐突に指をさす。その先を見てみると、どこかへと歩いていく集団の中に、彼女と同じように面を付けた付けた人々が混ざっていて、それに気づいてから改めて他を見てみると、更に何人かが目に留まった。


「よく見ると結構いるでしょ?お面付けてる人」


「……ですね」


「でしょう?だから別にこの格好は不自然じゃ……って、どうかした?」


「え、何でですか?」


「いや、なんかやけにじいっと見てたから」


「そうですか」


「うん、何か気になることでもあった? あ、もしかして祈李もお面欲しくなったとか……」


「ああいえ、そうじゃないです」


「あはい、そうですか。じゃあ、どうして?」


「いやまあ、大したことじゃないんですけど」


「けど?」


「その、いるものなんだなあって」


「いるって、誰が?」


「……死んだ人に、会いたいって人です」



※※※※※※



 それは、少し前の事


「死者に会える、ですか」


 澄希さんと祭りの会場へ向かう途中、お面の意味について尋ねると、そんな答えが返ってきた。


「そう。お面をつけてると、死んだ人が見えるようになって、あの世に帰る前に一度だけ話せるんだって」


「なんでですか?」


「それは私も知らない。というか、由来自体あんまり知られてないんだよねえ」


「よくそれで伝統になりましたね」


「まあ、結局おまじないみたいなものだしね。大事なのは信じる心、だよ」


「そういうものですか」


「そういうものなんです」


「でも、それを知っててつけるってことは、澄希さん信じてませんよね」


「あ、バレた?」


「バレたっていうか、多分そうだろうなって」


「ふむ。祈李、ずいぶん私のことが分かってきたね」


「もう会ってひと月になるんですから、それくらいは」


「ええ~、祈李、そういうの鈍そうだけどなあ」


「何でですか」


「さあ、なんでだろうねえ?」


「ちょ、教えてくださいよ!」



※※※※※※



 おまじない……真那風に言うなら、一つの信仰だろうか。そもそもの話、この巡魂祭り自体が、お盆の最後に死者を盛大にあの世へ見送るためのものらしい。


 少し前、墓参りに行ったことを思い出す。綾音さんは、あの日から父親も母親もあの世から帰って来ていたと私に言った。


 お盆という風習に慣れているからか、遥も彼方も真那も当たり前のようにその言葉を受け入れていた。


 けれど、私はどうしてもその言葉を素直に受け取れなかった。


 私にお盆自体が染みついていないのもあるのだろうけれど、それ以上に、帰ってきているはずなのに、私に何一つとしてそれを実感させるような出来事がなかったのが、全てが空虚な嘘のように感じられたから。



「まあ、もう二度と会えないはずの人を見たいって人は、それなりにいるだろうね」


 私の言葉を受けて、澄希さんはそんなことを言う。表情は、相変わらずお面のせいで分からない。


「……澄希さんは、あくまで自分だってバレないためなんですよね」


「うん、そうだけど」


「じゃあ、居ないんですか?会いたい人とか」


「うーん、どうだろ。少なくとも思いつく範囲で会いたいって思う人はいないかなあ」


「それなら、別にいいです」


「え~何それ、気になるんだけど」


「本当に気にしなくていいですから。あ、それよりほら、そろそろ行きません?」


 手で屋台が立ち並ぶ方をさす。澄希さんは一瞬沈黙したものの、


「……はあ、しょうがないなあ」


 そう言って、ゆっくりと会場の中へ歩き出した。私も彼女に並んで着いていく。言葉は無いものの、なんとなく互いに意識を祭りに切り替えようとする思考が芽生えていた。



「うーん……悩むなあ」


 会場に足を踏み入れて数分後、私達は早くもその足を止めていた。


「たこ焼き、イカ焼き、ポテトにから揚げ、極めつけは焼きそば…ああ、どうして神はこんな選択を私に与えるのかっ!」


 屋台が立ち並ぶ辺りから少し離れたその場所で、嘆きが響く。その横で、私は何を大真面目に考えているんだろうと思いながら、名前の挙がった屋台を眺める。


「あの、いくらなんでも大げさすぎません?」


「何をおっしゃいますか! お祭りの屋台ほど悩むものはないんだから!」


 お面越しとは思えない熱意のこもった声が、耳に届く。


「初めてだからあれなんですけど、悩むなら全部買ったらいいんじゃないですか?」


「それは無理。お祭りの屋台って特別価格で値段が明らかに高いの」


「それこそ雰囲気を買うってことで済ませるものなんじゃ……」


「そうなんだけど、そうなんだけどっ! 買った後のお財布は現実しか見せてくれないんだよ」


 遠目に看板に書かれた値段を見る。財布の中の金額を思い出し、それらすべてが消し飛ぶ様子が、確かに目に浮かんだ。


「なら、もういっそ買わないっていうのは」


「それも無理、何故なら美味しそうな匂いで私のお腹はもう目覚めちゃったから」


 キリッ、という効果音が聞こえた気がした。気がしただけで、実際は優柔不断な澄希さんだけがそこにいた。


「あー、その……大変ですね」


「諦めないでよ、一番悲しいからそれ」


「そういわれても、実際私じゃどうしようもないことじゃないですか」


「それは、いや、まあ……むぅ」


 言葉に詰まると、澄希さんは腕を組み、何かを考えこむように俯いて唸りだした。


 そして、それから数十秒後、


「……あ」


「どうするか決まりました?」


 何を買うのだろうなんて思いながらそう聞くと、澄希さんはおもむろにこちらを向き、そのまま私を指さした。


「もしかして、私が選べってことですか?」


「流石祈李、察しがいいね」


「いいんですか?」


「このままだと私お祭りの終わりまで悩みそうだし、それに、せっかくのお祭りなら自分でいろいろやった方が楽しいよ、きっと」


「私としては、澄希さんと来れただけでも正直満足なんですけど」


「何言ってるの、一緒にだけならこれからいくらでも出来るでしょ? というかそもそもの話、今日は私と祈李で二人だけの特別な思い出を作るために来たんだから!」


「澄希さん……ってそれ、多分さっきまで忘れてましたよね」


「ゔっ、それは」


「ま、別にいいですけどね。さっきも言いましたけど、私は澄希さんと一緒にお祭りに来れただけで嬉しいので」


「祈李……」


「それに、せっかく初めてのお祭り何ですから、目いっぱい楽しんでこそ、ですよね?」


「いのりぃ~!」


「ちょ、ちょっと!?」


 先の展開が見えて声を出すものの、時すでに遅く、澄希さんの身体を私は受け止めるほかなかった。


「あの、澄希さん!?」


「やっぱり持つべきものは友達だよっ」


「大げさですって!」


「そんなことないよっ」


「有りますから、それにほら、こんなことしてると目立ちますから!」


「っと、それもそっか」


 澄希さんは私をパッと放し、元の位置に戻る。私はすぐさま辺りを見回すが、幸い見ている人はおらず、羞恥を覚えずに済んだ。


「……もう、急にそういうことするの、ビックリするのでやめてくださいよ」


「いやあごめんごめん。でもこれが一番早いかなあって」


「まあ、気持ちは伝わりましたけど」


「ほら、やっぱりそうでしょ?」


「でもやっぱり急には駄目です」


「はいはい、分かりました」


「本当に?」


「本当だってば! ていうかほら、この話は置いといて、選ぶんなら早くいこうよ。もうそろそろお昼時だろうしさ」


 そう言って、彼女は手を差し出す。お面で表情は見えないが、その表情が確かに理解できた私はその手を取り、小さく溜息を吐きながら彼女と屋台に向けて歩いていった。

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