第十二話 巡魂祭り その2
歩く。ただ歩く。
何度も当たり前にしてきた動作を行いながら、私はその間思考する。
「そんな奇跡を、自らが幸福であり続けるために使うなど、許されるはずがないでしょう」
言われたことが、あの日から今だ頭に響き続ける。
「あくまで私たちは生者であり、自分の意志で何かを成しえることができるのですから」
あまりに冷酷で無慈悲な言葉、けれど、どうしてか納得してしまう。
非難する言葉が浮かぶ一方で、確かにそうじゃないかと納得する理性もまた存在し、どっちが自分の本心なのかが分からない。
死者の願いによる奇跡。もう何も残すことのできない彼らが、それでも何かをしようとした結果起こるその現象は、きっと何事にも代えられないものなのだろう。
けれど、それを知ってもなお、私は納得が出来ない。
それはきっと、自分がどうしようもなく生者であるからで、何かを残したいと思う感情よりも、当たり前に過ぎていく今が大切だからなのだろうと、何者でもない私は結論付けた。
「……でさあ、って、話聞いてる?」
「……」
「真那?」
「……ん?」
名前を呼ばれたことで、私の意識は現実へと引き戻される。声の聞こえた方を振り向くと、怪訝そうな顔をした少年が並んで歩いていた。
「ああごめん、ちょっとぼーっとしてた」
特に言い訳する理由もないので、素直に返答をする。けれど、私の思考が今だ曖昧なままなのを悟ったのか、彼は心配そうな顔でこちらを見ていた。
「何だい、人の顔をじろじろ見て」
「いや、別に」
そう言いながら彼、時雨彼方は、誤魔化す様にそっぽを向く。その行動に、わかり易いなあと思いながらも、気にせずに話を続ける。
「そう、ならいいけど。それで、何の話してたんだっけ」
「どこまで覚えてる?」
「あー、ごめん、何も覚えてないや」
そういうと、彼は心底呆れたような表情を浮かべた。
「祭りに遥と母さんも来ればよかったのにって話」
「ああ、それかあ」
思い出した風に、ぼんやりと返答する。
「まあでも、仕方ないと思うけどね。遥君は受験だし、綾音さんも忙しいだろうしね」
「いやまあ、それは分かってんだけど」
そう言いながらも納得してなさげな彼に、私はふとした疑問を投げかける。
「というかそもそも、そんなに誰かと行きたかったなら、友達でも誘えばよかったじゃないか」
そう聞くと、彼は不満そうに息を漏らした。
「いや、誘いはしたんだけど、皆最後の花火くらいしか興味ないっぽくてさ。だから一応夜には集まるつもりなんだけど……」
そこまで言って、彼方君は急に言葉を詰まらせる。どうしたのかと思ったものの、その隠しきれていない表情は、堂々とその答えを語っていた。
「ははあん、成程。つまり君、昼の間は一人で寂しいから、誰かと一緒に行きたかったってわけか。君も案外子供だねえ」
予想通りだったのか、彼はぎょっとした顔を浮かべると、少しばかり顔を赤らめながら、吐き捨てるように、
「うっせえ、真那に言われたくねえし」
「なんだいその言い草は、まるで私が子供脳のダメ人間みたいじゃないか」
「そこまでの意図は込めてねえんだけど……てか、それだけ言うってことはやっぱり自覚あんじゃん」
「いいじゃないか別に、私だってまだ学生だよ?」
「学生ならもっと学べよ」
「それこそ君に言われたくないんだけども」
「俺はいいんだよ、まだ義務教育だし」
「義務なら猶更じゃないか」
「そっちこそ、自分で決めて進学してるんだからちゃんとしろよ」
「私は七割くらい学歴のためだからいいんだよ」
「うわっ、夢も希望もねえ」
「実際はそんなものさ。そりゃあ中には真っ当に学んでいる人間もいるだろうけど、大抵、それが《《知っている普通》》だからしているに過ぎないんだよ」
「……普通、ねえ」
私の言葉を飲み込むと、唐突に、繰り返す様に呟き、彼方君は、先ほどまでよりほんの少しだけ硬い表情を浮かべた。その急な変わりように疑問を覚え、思わず尋ねる。
「どうかした?」
すると、彼は一瞬逡巡してから、
「……いや、何でもない」
誤魔化す様に、そう言った。けれど、そういわれて引き下がるほど、私は素直ではなかった。
「それは何かある人の答えじゃないか。ほら、正直にお姉さんに言ってみたまえよ」
それを聞いて、彼は数秒ほど黙り込み、やがて考えを巡らせたのか顔を上げる。
「……母さんには言うなよ」
そう前置きを置くと彼は、一言、
「やっぱ、あいつっておかしいんだなって」
吐き出す様に口にされた言葉に、私は一瞬思考が止まる。
あいつ?おかしい?
誰のことだろうと考えて、その名前が浮かぶのに時間はかからなかった。けれど、何故かそれと断定できなかった私は、沈黙して待つ彼に問いかける。
「……おかしい、って、誰の事?」
答えの知った問いを、それでも気になって聞いてみると、
「決まってんじゃん、祈李だよ」
当然だ、といった顔で彼は言った。
「……えっと、どうしてそう思うんだい?」
問いかけると、彼は、きっと今まで口に出していなかったのであろうその真意を語りだした。
「正直、遥とか、それこそ母さんよりはよっぽどガキだし、大した人生送ってきたわけでも無いけどさ。それでもわかるくらい、あいつって歪んでるじゃん」
「歪んでる?」
「その、言葉にするってなると難しいんだけどさ。自分が求めてるものとやってることが矛盾してるんだよ、あいつ」
「矛盾してるって、どこが?」
「え、わかんねえの?」
「その、不幸な生い立ちではあると思うけど、祈李君、別に普通じゃないかい?」
「その普通ってのがおかしいんだよ」
「どういうこと?」
言葉の意図が理解できず、彼方君に尋ねる。すると彼は、回りくどく、語りだした。
「……あいつさ、家族って言うと否定すんだよ」
「家族、というと、君たちか」
「そう。俺も遥かも母さんに言われたのもあって、最初はそんな感じで関わってたんだよ。けど、いつの間にか嫌がるようになってさ。んで、その時期が多分、あいつが自分がどう思われてるのかを自覚し始めた頃なんだよ」
「というと、中一くらいの話かな」
「そうそう。でさ、これまた多分なんだけど、その頃にあいつの中で、普通の定義が変わり始めたんだと思う。マイナスがゼロになったのが普通だと思ってたのが、実はそれじゃ足りないんだって」
「……君、その時いくつだっけ」
「確か小4」
「それでよくそこまで考えが回ってたね」
「いくらガキだったとしても、何年も一緒にいたらわかるよ。それくらい」
「ふーん、そういうものか」
「……話戻すけど、その中一の一年間で、色々あったじゃん、あいつ」
「まあ、そうだね」
「で、その頃からさ、あいつは自分のことを不幸だって、正確には、自分は普通じゃないんだって思い始めた」
その言葉を皮切りに、彼方君の声が、少し、暗くなった。
「あいつ……祈李は、普通っていう名の理想に、取り憑かれたんだよ」
「取り、憑かれた」
「うん。普通ってのは、それぞれが生きてきた先に成り立つものだと、俺は思ってるんだけどさ。祈李には、その普通が自分の中に存在しなかった。だから、どこからが普通か分からなくて」
それは、嘆きのように
「なのに、周りには当たり前のように普通に生きる奴らがいて、自分はずっと苦しいのに、苦しいからこそ、それがどうしようもなく羨ましくなって」
年若い彼が、ひそかに抱えていた
「だから自分もって、その持っていない何もかもを求め続けたから、そっと差し伸べられ続けていた手に気付くどころか振り払ってさ」
小さな、願い
「俺たちと一緒に、《《時雨家の家族として生きる》》っていうのが普通だとは思えないくらいに、おかしくなった」
すべてを言い終えた彼は、一つ、深い溜息を吐く。そして、そっと空気を吸い込むと、
「……ま、遥とか母さんがそう思ってるかなんて知らねえし、全部俺の一意見にしか過ぎないんだけどさ」
なんでもない顔をして、笑う。
暗さを取り繕おうとして浮かべたであろうその笑顔。それが私にはどうしてか、《《自分達》》は結局何も知らず、何もできないのだという、諦めたような嘲笑に見えた。




