第四話 何もない日 その3
「久しぶりね、元気にしてた?」
「ええ、ここしばらくは特に何もなく」
「それにしても、まさか清美と一緒に来るとはね」
「別に、たまたまタイミングが合っただけよ」
「……」
互いに知った中であろう人々の繰り広げられる一方で、私はただただ黙り込む。
久々に抱いていた不快さがより強くなったことで、私は言葉を話す気力すらなくしていた。
目の前では、突然訪ねてきた客人二人と、飲み物を持ってきた綾音さんが話している。
当人たちは、ただ話しているだけ。それなのに、私はどうにも気に食わない。個人的な感情もあると思うけれど、それ以上に自分だけが一人寂しく過ごしているような気がして、ますます不快さが増していく。
そうして、私が一人イライラを募らせるている間に、話を終えて綾音さんはいなくなり、私は話の中心人物となった。
「さて、久しぶりだね、祈李君」
「……ずいぶんと来るのが早かったですね」
あからさまに嫌そうに、私はそう訊ねる。けれど、友寄さんはその笑みを崩さない。
「仕事が思っていたよりも早く片付いてね、来れるなら早い方が良いかと思って」
「そうですか」
「調子はどうだった?」
「変わらずです」
「そっか、なら良かった」
「良かないですよ~、ずっとだらけてるだけですし」
「遥、余計なこと言わないで」
「大丈夫、口が滑っただけだから」
どこがいいんだ、と心の中で悪態をつく。
「……とにかく、心配されるようなことはしてないですからね」
「その辺に関しては信頼しているから」
「……どうも」
「まあ、話はここまでにして、顔も見たし、そろそろ行くよ」
「もう行くんですか?」
「急な訪問で長居するわけにはいかないしね。それに、実家とかにも顔を出さなきゃいけないから」
「そうですか」
「じゃあ、また近い内に来るから」
そうして、友寄さんは立ち上がり、部屋を出ようとする。けれど、何かを思い出したようにその足を止めた。
「そうだ、祈李君」
「なんですか?」
「……友達は、大切にね」
それだけ言って、友寄さんは部屋を出ていった。さっきの言葉を受けてか、遥と清美さんの目線が私を向く。
「私にもいますよ、友達くらい」
「ほんとに?」
遥が、疑惑の目を持って私に尋ねる。
「なんで疑うのよ」
「いや、だって一人のところしか見たこと無いし」
「たまたまでしょ」
「これでも十年位は妹やってるはずなんだけどなあ」
「あんたは妹じゃない」
「妹だけど」
「だから違うって……」
更に否定すると、遥はやれやれといった調子で肩を竦めた。
これ以上言っても無駄だと悟った私は、本題に話を戻すことにした。
「……すみません、話が逸れました。それで、次は清美さんの番ですよ。何の用ですか?わざわざこんな雨の日に」
「雨の日だからよ、晴れてたらあなた出掛けてるじゃない」
「ああ、そういえばそうでした」
「……まあ、かくいう私も大した用じゃないんだけど」
「なら聞かなくてもいいですか?」
「それはダメ」
「で、何の用ですか?」
「……あなた、高校を卒業したらどうするの?」
「なんですか、いきなり」
「大事なことなの、答えて」
「……働くつもりですけど」
「大学に行くつもりは無いの?」
「行くも何も、そもそもお金がないですから」
「じゃあ逆に、資金を用意できれば行く気はある?」
「それは……」
「私は、条件次第でお金を出してもいいと思ってる」
「え?」
その言葉に、私は思わず驚いた。清美さんとの関わりは少なく、元々どんな人かはあまり知らない。けど、何処か私を避けているというか、嫌っているのかと思っていた。
「本当に言ってるんですか?それ」
「ええ、本気よ」
「……条件って、何ですか?」
「高校を卒業したら、私と一緒に暮らして欲しいの」
「それは……どうしてですか?」
「この際だから言うのだけど、私はあなたが友寄君と暮らしているのをあまり良く思ってない。彼は、正直に言って信用ならない」
「確かに私も思うところはありますけど。そこまで言うほどですか?」
「意外、思ったよりいい印象持ってるのね」
「印象っていうか、そもそもまともに関わったことなかったので」
「……そうか。そうよね、私だってそうだったんだから」
「まあ、はい」
「……ごめんなさい、話が逸れたわね。といっても多分、すぐに返事は無理よね」
「それは、はい」
「私、夏の間はこっちにいるつもりだから、それまでに返事を頂戴」
「わかりました。なるべく早くします」
「待ってるわ。それじゃあ、私もう行くわね」
「え、ああ、はい」
用事が済んだ。といった様子で、清美さんは去っていった。まあ、実際言いたかったことは粗方言えたのだろう。
「……」
清美さんをいなくなって視線を戻すと、遥が何故かじっと私を見ていた。
「……何?」
「いや、顔が戻ったから」
「戻ったって?」
「いつもの不機嫌そうな顔」
「さっき、どんな顔してた?」
「もっと嫌そうで、質の悪い外行きの顔」
「人の事なんだと思ってるの?」
「大人嫌いで親戚嫌いの人嫌い」
「へえ、分かってんじゃん」
「妹だからね」
「だから、それは違う」
「何で否定するかねえ」
「……私に、家族はいないから」
「それ、お母さんの前で言わないでよ」
「……言われなくてもわかってるよ」
家族。
時雨一家は、違う。友寄さんも、違う。清美さんは、違う。誰もいない。私には要らない。私はそのせいでこうなったんだから。




