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第四話 何もない日 その3

「久しぶりね、元気にしてた?」


「はい、ここ暫くは特に何もなく」


「そう、なら良かった」


「綾音さんこそ、元気そうでよかったです」


「ええ、おかげ様でね。っと、挨拶はこれくらいでいいとして。はい、とりあえず麦茶と、あと一応タオルね。清美も」


「ありがとうございます」


 友寄さんは礼を言って、清美さんは無言で、それぞれタオルを受け取ると、傘で防ぎきれなかったであろう肩なんかを拭いていく。


「しっかし、友寄君も災難ねえ、丁度久々の雨の日に帰省が当たるなんて」


「昔から幸運より悪運の方が強かったので、慣れっこですよこれくらい」


「へえ、そうなの………………悪運ねえ」


「……私だって一緒に来る気なんてさらさら無かったわよ。たまたまよ、たまたま」


「ま、貴方がそう言うならそうなんだと思っておくわ」


「綾音っ!」


 目の前で、互いに知った中であるだろう三人が、本人達に自覚は無いだろうけどひたすらに仲良く話している。うん、本当に仲良く。そんな様子を嫌でも眺めることになっている私は、言葉を話す気力すらなくしていた。


 


・視点 三司祈李


 当人たちは、ただ話しているだけ。それなのに、私はどうにも気に食わない。個人的な感情もあるとは思うけど、それ以上に自分だけが一人寂しく過ごしているような気がして、不快さが募るばっかりだ。


 何より不快なのはわざわざ話したくもない二人が、間違いなく私目当てで訪れているという事だけど、それはもう逃げ場がない以上どうしようもないので割愛する。


 何もかも、全部雨のせいだ。そうしないとやっていられない。この人たちに何かぶつけたところで意味がない以上、そうするしかない。


 ………………ああ、そうしたいのは、山々だけど。それでも、私を嫌な現実へと呼び戻すこの時間は、息苦しくってしょうがない。


 何て、そんなことを思っていると、気づけば彼らの歓談は終わっていて、いつの間にか消えていた綾音さんに向けられていた目線は私へと向かっていた。正直無視をしてもいいけど、其処まで落ちぶれた人間でもないので、私は最低限対応することにする。


「お、やっとこっちを向いてくれた。さて、久しぶりだね、祈李君」


「……ずいぶんと来るのが早かったですね」


 あからさまに嫌そうに、私はそう訊ねる。けれど、友寄さんはその笑みを崩さない。


「仕事が思っていたよりも早く片付いてね、来れるなら早い方が良いかと思って」


「はあ、そうですか」


「僕の目には大丈夫そうに見えてはいるけど、調子の方はどうだったかな? 夏風邪とかひいたりしなかったかい?」


「はい、何にも変わらず、隅から隅まで健全です」


「そっか、なら良かった」


「良かないですよ~、ずっとだらけてるだけですし、それか外にほっつき歩いてる」


「遥、余計なこと言わないで」


 光景が面白かったのか、或いは少し前のダル絡みの仕返しか、不意に口をはさんできた遥に思わず感情を込めてドスの聞いた声で言う。だが、遥は、


「大丈夫、口が滑っただけだから」


 何て、あっけらかんと返答する。それに対して、私は一体どこがいいんだと心の中で悪態をつく。


「……とにかく、心配されるようなことはしてないですからね」


「別に念を押さなくたっていいよ。健康なら行動に関しては君の自由だし、出歩っているっていうのも、その辺の事に関しては信頼しているから」


「……どうも」


 何かお小言を言われても面倒だと思って念を入れて返したら、小言どころかさわやかな笑顔でそんなことを言われてしまい、私はただただそう返すしかなくなった。


「お礼はいいよ。と、さて、君の現状も確認できたし、顔も見たし、そろそろ僕はお暇させてもらうよ」


「あれ、もう行くんですか?」


「急な訪問で長居するわけにはいかないしね。それに、実家とかにも顔を出さなきゃいけないからさ」


 と、友寄さんは私の質問にそこまで言うと、普段はしないような悪戯っぽい笑みを浮かべて、


「それとも、もしかして僕もここに留まったほうが良かったかな?」


 何て、そんなことを言われた私は


「…………いえ、結構です」


 おそらく、今までの人生で一番と言えるくらいには丁寧に断って、


「ははっ、そうか。じゃあ、まあそういう事で。帰る時は君と同じタイミングで帰るつもりだから、そのときは連絡してね。後、何かあった時も頼ってくれていいから」


 答えは分かっていたように笑うと友寄さんは立ち上がり、そう言い残して部屋を出ようとして、けれど、その前に一つ、


「そうだ、祈李君」


「なんですか?」


「最後にもう一つだけ言っておくよ。まあ、言われるまでもない話ではあると思うんだけど、出来た友達は、大切にね」


 それだけ言って、友寄さんは部屋を出ていった。


「……ねえ祈李姉、あれどういう意味?」


「…………さあ、知らない」


 引っかかるものがあったのだろう、遥がそんな質問を私に投げかけて来るが、私は曖昧にそう返す。それもそのはず、私自身もたった今のその言葉を理解していないのだから当然だ。


 出来た友達、と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、他でもないあの人だ。だけど、そのことを友寄さんが知っているはずがない。だから、訳が分からない。言葉の意図が分からない、と、そう思って私が思案していると、


「ていうか、さ。そもそも祈李姉って大事にするような友達いるの?」


「…………は?」


「いやあ、だって祈李姉が人と仲良くしてるところなんてほっとんど見たことないから」


「あのねえ、私にもいるから、友達くらい」


「ええ~、ほんとに?」


 質問と共に信じがたいとでも言いたげな疑惑の目を向けて来る遥に私は言い返そうとしたが、主張しても無駄だし、今のあの人との関係について話して何か変化が起きるのも嫌だなと思った私は、問答を無視することにする。丁度話をしたくてたまらなそうな人がいるのだから、そっちを優先すべきだろう。


「……ああ、えっと、友寄さんも言っちゃいましたし、とりあえず次は清美さんの番ですよ」


「あら、考察はもういいの?」


「考えても無駄なことに時間使う意味ないですから。それで、友寄さんはまだわかりますけど、清美さんは私に何の用ですか? それもわざわざこんな雨の日に」


「わざわざ来たのは雨の日だからよ。一応、用なら前からずっと済ませようとしてたのよ? でも晴れてる日はいっつも貴方が出掛けてるものだから」


「ああ、そういう事ですか」


「……まあ、かく言う私も大した用じゃないんだけど」


「なら聞かなくてもいいですか?」


「それはダメ」


 なら大した用じゃないって言わないで欲しい、という悪態は無駄なので心の中で呟くのに抑えながら、私は本題へと踏み込むことにする。


「で、結局清美さんは何の用ですか?」


「……突然だけと祈李、貴方、高校を卒業したらどうするの?」


「何ですか、いきなり」


 いきなりのその質問の意図が分からず、思わず聞き返す。すると、


「大事なことなの、答えて」


 真剣そうなその睨むような見つめられ、何となく話の雰囲気を掴んだ私は、仕方なく真面目に応対を始めた。


「……どうって、まあ、一応働くつもりですけど」


「働く、ってことは就職よね。てことは大学に行くつもりは無いの?」


「大学、ですか。それに関しては特に考えていないというか、そもそもお金がないというか……」


 そう言いながら振り返るのは、私の通帳に刻まれている数字。高校を卒業した後に友寄さんの世話になるのはごめんだと思ってバイト代を貯め込んでいるが、大学の学費を払えるほどでもない。だから、そもそも選択肢として消していたのだけれど、と考えていると、


「それはつまり、逆に言えば、資金を用意できれば行く気はあるってことかしら?」


「……行く気は別として、まあ、選択肢は生まれるんじゃないかと思ってます」


「そう、なら丁度良いわ。実を言うとね、私、条件次第であなたの学費やらにお金を出してもいいと思ってるの」


「え?」


 その言葉に、私は思わず驚いた。清美さんとの関わりは少なく、元々どんな人かはあまり知らない。けど、何処か私を避けているというか、嫌っているのかと思っていた。彼女が私を見る目が、良いものだとは思えなかったから。


「本当に言ってるんですか? それ」


「ええ、本気よ」


 その目は、その言葉は嘘をついてるようには見えない。だけど、それ以上にその裏で何を考えているかわからない。だから、


「……条件って、何ですか?」


 話の中で一番肝心なそれを尋ねると、


「高校を卒業したら、以降は私に貴方のサポートをさせてほしいの」


 そう答えられて、私は、


「それは……どうしてですか?」


 聞くと、清美さんは少し考える素振りを見せてから、


「そうね、まあ色々と理由はあるんだけど。主なのを言うなら、本来私が負う分だった責任を果たすため、かしらね」


「責任、ですか」


「ええ、そう。自分で言うのもあれだけど、本来貴方は私が引き取るべきだった。家族だもの、あの人たちがどういう人間かは、私が一番わかってたはずだったから」


「…………それは」


 それは、納得するに十分な理由で、けれど、同時に私の心に、今更だという反抗心も湧いてくる。それが、もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。言葉を紡がない私に、清美さんは、


「……ここまで話しておいてあれだけど、今すぐに答えを出してとは言わないわ」


 そう告げると、おもむろに立ち上がって、


「この夏の間は私、こっちにいる予定なの。だから、ひとまずはそれまでに最低限の答えを出してくれればいいわ。てことで、言いたいことは言ったし、これ以上此処にいても圧をかけるだけでしょうから私も退散するわ。それじゃあね」


 それだけ言うと、用事が済んだといった様子で清美さんは去っていった。まあ、実際言いたかったことは粗方言えたのだろうし、言ってることももっともだった。まあ、肝心な渡された質問に関しては別の話だけれど。と、


「……」


 無意識に清美さんを見えなくなるまで視線を戻すと、何故か遥がじいっと私を見つめていた。


「……何?」


「いや、なんというか、色々な人が祈李姉に構ってるんだなあって思って。お母さん含めて」


「別に、望んでるわけじゃないんだけど」


「私としては羨ましいけどなあ、家族以外からそんなに熱烈に思われてて」


「家族に思われてるだけましでしょ、遥は」


 そう言い返すと、途端、遥が少し怒ったような顔をする。そして、


「それ、どういう意味」


 いつになく真剣に言われて、私は、


「……だって、私に家族はいないから」


 そう言うと、遥は更に睨みながら、


「それ、お母さんとか彼方の前で言わないでよ。後、出来れば私の前でも」


「……言われなくてもわかってるよ」


 そう言いつつ、私はごろりと寝転がる。


 この短時間で、随分と頭によぎることが増えてしまった。


 将来。今。関係。家族。


 あの場所、あの人、あの時間。


 現実と理想が、代わる代わるに訪れる。


 煩わしい。本当に煩わしい。


 何が責任だ、何が家族だ。


 私が誰の何のせいでこうなったと思ってるんだ。


 家族なんていらない。サポート何て、あってもなくてもいい。


 私は、ただ私として生きていきたいだけなのに。

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