【揺花草子。】[#5175] 花火。
Bさん「『豊臣兄弟!』の話題です。」
Aさん「んん。今年の大河。」
Cさん「百姓上がりの藤吉郎と小一郎の兄弟が
織田家中で頭角を現していっていると言った感じね。」
Aさん「ですね。
今や藤吉郎は幹部の集まりみたいな場の
末席に座るくらいのポジションですもんね。」
Bさん「ちなみに秀吉が信長に仕え始めた時期については諸説あって、
最も早いタイミングだと1554年、遅くとも1558年には仕えていたとされる。
最初のうちは所謂草履取りのような雑務から始まったとされ、
徐々に才覚を示して成り上がっていったわけだね。」
Aさん「ふむ。」
Cさん「いずれにせよ1560年の桶狭間よりは前になるわね。
桶狭間の頃は足軽程度のポジションだったと考えられていて、
信頼できる史料に兄弟の名前は出て来ないわ。」
Aさん「ふむふむ。」
Bさん「このあと兄弟が成した大きな成果として描かれたのが
墨俣一夜城だよね。
蜂須賀小六を筆頭とした川並衆を味方に引き入れ、
美濃攻略の足掛かりとした。
これも年代的にははっきりしないんだけど、1561年説と1566年説がある。
そもそも秀吉の生年がはっきりしないところもあるけれども、
だいたい30歳弱くらいの頃だったと考えられているよ。」
Aさん「ほほう・・・。」
Cさん「ドラマ本編ではいよいよ松永久秀が登場したけれども、
直近話数で描かれる本圀寺の変は1569年の出来事。
藤吉郎が32歳、小一郎が29歳くらいね。」
Aさん「結構な勢いで進んで行きますねえ。」
Bさん「そうなんだよね。
ドラマでは何年のいつ頃って言う表記があんまり出ないから
そんなに時間が経っていないように感じられるけれども、
本圀寺の変は桶狭間から9年も経っているし、
最も早い説を取れば秀吉が織田家中に仕えるようになってから
15年くらい経っていると言う事になる。」
Aさん「ぼちぼち中堅じゃないの。」
Cさん「秀吉の若い頃ってあまり信頼できる一次資料には出て来ないから、
その頃の話って創作が多いと言われているわ。
草履取り然り、一夜城然りね。」
Aさん「ふむ・・・。」
Bさん「史料に登場するようになったのが
ちょうどこの本圀寺の変の少し前くらいからで、
ここから先は史実で明らかな事柄も多いから
タイムラインの整理もしやすくなっていくと思うんだ。」
Aさん「そうかもね。
突拍子もないような出来事はあまり描かれないかも知れないね。」
Bさん「それはそれとしても
松永殿には爆死エンドを迎えて欲しいよ。」
Aさん「爆死に期待しすぎでは!!???」
爆死は完全に創作と言われています。




