【揺花草子。】[#5157] 光を目指して。
Bさん「阿部さん、今日は3月11日。」
Aさん「んん。そうだね。」
Cさん「あれからまる15年になるわ。」
Aさん「早いものです。」
Bさん「ここ数年は毎回言っているような気がするけれども、
世の中で記憶が風化しているなんて意見が多い中でも
我々当事者にとっては全然風化してなくて
普通に昨日の事のように思い出せる。
『体験したもの』と『そうでないもの』とで
捉え方に差が出るのは当然だけど、
この差はこの先どんどん広がっていくんだろうね。」
Aさん「それは・・・そうかも知れない。」
Cさん「そしてこれも以前から話していると思うけど、
それ自体が悪い事だとは思わないのよ。
この国は歴史的に自然災害が多い国だし、
この15年の間だけでも生活基盤が大きく損なわれるような災害は
全国色んなところで発生しているわ。
私たちだけが特別に酷い目に遭っているわけではない中で、
そう言った他地域で発生した直接関わっていない災害については
記憶から薄れていってしまっているわけだし。」
Aさん「それは・・・そうですね。」
Bさん「だからこそ、『痛みの記憶を共有する』と言う事に関しては
割とぼくらはネガティブなんだよね。
ぼくらが直接体験していない災害に対してそうであるように、
いくら非当事者が当事者から災害の悲惨さを訴えられても
それは辛かったですね、悲しかったですね、としか言えないじゃない。
非災害者に苦しみや悲しみを背負わせる意味はあんまりなくて、
『前回の教訓をこう言う風に活かしましょう』と言う
ポジティブなメッセージをこそ残していく方が良いと思うんだ。」
Aさん「そうだね。
15年と言う節目を迎えるわけだからもう
しっかりと未来を見据えた伝え方にしていった方が良いかも知れないね。」
Cさん「その通りね。
そしてそれこそが当事者である私たちの役目だと思うわ。」
Aさん「ええ。」
Bさん「ぼくらの時は動き続けているわけだからね。」
Aさん「そうだね。」
未来を見据えて歩いていきたい。




