第3話 慈善院の冷たいスープ
第3話 慈善院の冷たいスープ
ヴァルモント侯爵家が運営する聖カリナ慈善院では、毎週火曜日になると肉入りのスープが出ることになっていた。少なくとも、侯爵夫人が王宮へ提出した報告書にはそう書かれている。春キャベツ、玉葱、豆、鶏肉を煮込み、白パンを一人につき二つ添えるという献立だった。
火曜日の昼前、セレナは王立契約院の馬車で慈善院へ向かった。紺色の仕事着の上に、自分で繕った灰色の外套を着ている。向かいにはノアが座り、膝の上で寄付金帳簿の写しを読んでいた。
「鶏肉が毎週三十羽、白パンが百二十個。子どもの人数は四十八人ですから、十分な量ですね」
「帳簿どおりに納入されていれば、ですが」
「あなたは、実際には違うと考えているのですね」
「昨年の冬、子どもが厨房の裏で、捨てられた蕪の葉を拾っていました。お腹がすいたから食べるのだと言っていました」
セレナは外套のポケットへ手を入れ、指先で小さな木片に触れた。それは、その子どもが礼としてくれた鳥の彫り物だった。片方の翼が大きく、嘴も曲がっているが、捨てることができず一年近く持ち歩いている。
慈善院は王都の西端にあり、古い修道院を改装して使っていた。門の脇には黄色い連翹が咲き、石壁には春蔦の新芽が伸びている。外から見れば手入れの行き届いた施設だったが、玄関を入ると湿った藁と煮すぎた豆の匂いが鼻へ届いた。
院長のバルドは、薄茶色の法衣を着た痩せた男だった。契約院の徽章を見た途端、口元を固くして両手を腹の前で組む。ノアが王室寄付金の使用状況を確認すると告げると、彼は何度も瞬きをした。
「事前にお知らせいただければ、お迎えの準備をいたしましたのに」
「準備されていない状態を確認するための訪問です」
「何か問題でも?」
「問題があるかどうかを、これから調べます」
ノアは声を強めなかったが、バルドは返事をせず、法衣の袖口を引っ張った。そこには黄色い油染みがあり、何度洗っても落ちなかったらしい。セレナは彼の顔ではなく、染みの周囲が擦り切れていることを見た。
食堂には長い木の卓が六つ並び、子どもたちが昼食を待っていた。年長の子が年少の子の前掛けを結び、別の子は欠けた匙を布で磨いている。窓辺には空き瓶に挿した紫色の菫が三輪あったが、水は濁り、茎の一本が折れかけていた。
厨房から運ばれてきた大鍋の蓋が開くと、湯気と一緒に豆の匂いが広がった。スープは薄い灰色で、表面に脂は浮いていない。セレナが柄杓ですくうと、柔らかく煮崩れた豆と蕪の欠片が二つ入っていただけだった。
「鶏肉はどこですか」
院長は咳払いをし、料理人へ目を向けた。料理人の女性は白い前掛けを握り、鍋から顔を背ける。代わりに院長が答えた。
「近頃は肉の値段が上がっております。子どもたちの健康を考え、胃に優しい豆のスープへ変更しました」
「変更した日の記録はありますか」
「細かな献立まで、いちいち記録しておりません」
ノアが尋ねると、院長は肩をすくめた。帳簿では昨日も三十羽分の代金が支払われている。納品された肉を別の場所へ運んだのか、そもそも納品されていないのか、その場では判断できなかった。
子どもたちは二人を見ていたが、誰も口を開かなかった。フィンという十五歳の少年だけが、スープの器を両手で持ったまま、セレナを見つめている。以前、蕪の葉を拾っていた幼い子の兄だった。
「セレナ様、その方は契約院の人ですか」
「そうです。ノア・リドウェル調査官です」
「本当のことを言ったら、ここを追い出されませんか」
フィンが尋ねると、院長の靴が床を擦った。ノアはすぐに大丈夫だとは答えず、食堂にいる職員の人数と、子どもたちの出入口を確認した。セレナもフィンへ近づかず、彼が自分から話せる距離に立った。
「あなたが話したことで、不当な処分を受けないように手続きを取ります。ただし、証言には確認が必要です」
「ぼく、数を記録しています」
フィンは上着の内側から、糸で綴じた小さな帳面を取り出した。表紙にはパンの粉がこびりつき、角は何度も開いたため柔らかくなっている。中には日付、届いた荷車の数、木箱の数、厨房から外へ運ばれた荷物の数が、細かな文字で記されていた。
「鶏が来るのは月に一度だけです。来ても、その日のうちに裏門から別の馬車へ積まれます」
「その馬車に印はありましたか」
「金色の薔薇です。侯爵夫人の馬車と同じ印です」
食堂の子どもたちが一斉に院長を見た。院長は顔を赤くし、フィンから帳面を取り上げようとする。だがセレナが間へ入り、ノアは院長の手首をつかまず、低い声で動きを止めた。
「証拠へ触れれば、調査妨害として記録します」
「子どもの悪戯書きです。数字など信用できません」
「だからこそ確認します」
ノアはフィンの帳面を預かり、受領書を発行した。フィンは文字を一つずつ読み、返却期限まで確認してから署名する。その慎重な手つきを見て、セレナはポケットの中の木彫りの鳥を握った。
調査は厨房へ移った。食料庫には豆と蕪が積まれていたが、肉も小麦粉も見当たらない。棚の隅には、子どもたちが使った木の器が乾かされ、欠けた縁を小さな金具で直した跡が幾つもあった。
料理人の女性は、院長の前では何も知らないと繰り返した。セレナが子どもたちだけの証言では不十分だと告げても、唇を固く閉じている。彼女の左手には新しい火傷があり、前掛けのポケットからは幼児用の小さな靴下がのぞいていた。
「ここで働けなくなれば、お困りになるのですね」
「余計なことを聞かないでください」
「お子さんは、お幾つですか」
「五歳です。夫が亡くなってから、二人で暮らしています」
女性はそれだけ答え、鍋を洗い始めた。冷たい水が赤くなった手へかかり、指の節に残った小麦粉を流していく。セレナは証言を迫らず、契約院には証人の氏名を非公開にする制度があることだけを伝えた。
裏庭では、洗濯物の間を抜けた風が湿った布の匂いを運んでいた。子ども用の靴下や継ぎ当てだらけのシャツが縄に並び、その向こうには荷車の轍が残っている。前夜の雨で地面が柔らかくなったため、車輪の幅と蹄鉄の形がはっきり刻まれていた。
「金色の薔薇の馬車なら、侯爵家に一台しかありません」
セレナはしゃがみ、蹄鉄の跡を紙へ写した。侯爵夫人の馬車を引く右側の馬は、冬に蹄を傷めたため、特殊な金具をつけている。地面には同じ形の跡が残っていた。
「これで侯爵家の馬車が来たことを証明できます」
「来たことだけです。何を運んだのかは証明できません」
「フィンの帳面があります」
「未成年者一人の証言では、侯爵側が嘘を教えられたと主張するでしょう」
ノアの返事は厳しかったが、セレナも同じことを考えていた。フィンへすべてを背負わせれば、侯爵夫人は子どもの記憶違いとして片づける。必要なのは、納入した者と、運び出した者の証言だった。
「鶏肉を納めた商人を捜します。それから、侯爵夫人の馬車を動かした御者です」
「料理人の証言は?」
「無理に求めません。生活を失う人へ、正しいことを言えと命じるだけなら、侯爵家と同じです」
ノアは手帳へ書き込んでいた筆を止めた。洗濯物から落ちた雫が彼の肩へ当たり、黒い上着に小さな丸い染みを作る。彼はそれを払わず、セレナを見た。
「正しい判断です。子どもたちの証言を軽く扱わず、それだけに責任を負わせない。あなたは証拠だけでなく、証言した後の暮らしまで考えている」
「子どもの言葉だからと、無視されたくありません。でも、子どもの言葉だけを盾にして、大人が隠れるのも違います」
「そのとおりです」
院長室の調査では、施錠された机から二冊目の帳簿が見つかった。一冊は王宮へ提出する帳簿で、もう一冊は実際の納入量を記録したものだった。二冊の差額は、侯爵夫人の茶会費用やドレスの仕立代とほぼ一致している。
それでも院長は、侯爵夫人の指示ではないと主張した。すべて自分の判断で行い、差額は施設の将来のために蓄えていると言い張る。ノアが保管場所を尋ねると、院長は答えられなかった。
そのとき、厨房の料理人が扉をたたいた。濡れた前掛けを新しい物へ替え、手には油紙に包んだ手紙を持っている。何度も折られた紙には、侯爵夫人の印章が押されていた。
「これは、毎月届けられる献立変更の指示書です。読んだら燃やせと言われました」
「なぜ、残したのですか」
「娘が初めて自分の名前を書いた紙が裏にあったからです。燃やせませんでした」
手紙の裏には、幼い字で母親の名前が書かれていた。最初の文字は左右が逆で、最後の文字は紙からはみ出している。その表には、鶏肉と小麦を侯爵邸へ運び、慈善院の食事には豆と蕪を使うよう命じた文章があった。
ノアは料理人へ証言者保護の手続きを説明した。セレナは侯爵家を追われた場合に備え、契約院が管理する施設の料理人募集を紹介する。料理人はすぐには返事をせず、娘の文字を指でなぞってから、証言書へ署名した。
調査を終えたのは、午後を大きく過ぎてからだった。朝から何も食べていないノアは、馬車へ戻る途中で一度だけ腹を鳴らした。彼は咳払いでごまかしたが、セレナにははっきり聞こえていた。
門の近くでは、老夫婦が小さな屋台で焼きたてのパンを売っていた。丸いパンには刻んだ春玉葱と塩漬け肉が練り込まれ、鉄板から香ばしい匂いが立っている。セレナは二本買い、一本をノアへ差し出した。
「どうぞ。昼食を取っていらっしゃらないでしょう」
「代金をお支払いします」
「一本くらい、構いません」
「構います」
ノアは財布から銅貨を出し、セレナの手ではなく、屋台の老女へ直接渡した。受け取ったのは、セレナが差し出した半分ではなく、新しく包んでもらった一本だった。温かいパンを持ちながら、彼はセレナの鞄を見た。
「朝も、残り物のパンを持っていらっしゃいましたね」
「食べきれなかっただけです」
「今朝の食事も半分。これを私へ渡せば、あなたの昼食も半分になります」
「私は慣れていますから」
「何にですか」
セレナは答えようとして、口を閉じた。料理が足りなければ年下へ譲り、侯爵家で菓子が一つしかなければレオナールへ渡し、誰かが寒いと言えば自分の外套を貸す。それを当然と呼べば、誰も礼を言う必要がなくなる。
「あなたの食事を減らしてまで、私に与えないでください」
ノアは自分のパンを二つに割ったが、セレナへ押しつけることはしなかった。彼女が持っている一本を食べ始めるまで待ち、それから自分の分へ口をつける。春玉葱の甘みと塩漬け肉の脂が温かい生地へ染み込み、セレナの舌へ広がった。
「おいしいですね」
「はい。少し塩が強いですが、歩いた後にはちょうどよい」
「以前も食べたことがあるのですか」
「あります。妻と喧嘩した主人が、売れ残りを全部買って帰った翌日は、屋台が休みになります」
老女が聞きつけて笑い、今日は喧嘩していないと声を上げた。ノアもわずかに口元を緩める。セレナは自分のパンを誰にも渡さず、最後の一口まで食べた。
侯爵邸へ戻ったセレナは、料理人の証言書、二冊の帳簿の写し、侯爵夫人の指示書を木箱へ収めた。部屋にはリタが干した洗濯物が並び、暖炉の熱で白い靴下から石鹸の匂いが立っている。机には温め直した野菜のスープがあり、今夜は表面に小さな鶏肉が三つ浮いていた。
「慈善院の証拠は揃いましたか」
リタが尋ねると、セレナは秘密の帳面を開いた。二つ目の空欄へ線を引き、鉛筆の先で残る一つを確かめる。慈善院の子どもたちを盾にしなくても、寄付金流用を示せる証拠が揃っていた。
「揃いました。料理人親子の新しい勤め先も、申請できます」
「では、あと一つですね」
「ええ」
セレナはスープの中の鶏肉を一つ匙ですくった。いつもの癖でリタの器へ移しかけたが、途中で手を止め、自分の口へ運ぶ。柔らかな肉には生姜の香りが染みていた。
「あと一つです」




