燃え尽き王、南溟の楽園に降り立つ
図星をつかれたヴィルヘルムはサミュエルの提案を飲んでリベルタに行くことに決めた。
チケットを買って兄宛の書状をオリヴェルに託し、自分でも詫びをしたためて、船旅の支度を急いで済ませるとサミュエルと二人定期船に乗り込んだ。
そこから二ヶ月、船旅の末に着いたのはリベルタ沿岸諸島最大級の島であるオクシデンス島。総督府が置かれたリベルタの玄関口である。
見慣れぬ鮮やかな鳥が海岸線を優雅に飛んでいる様に目を見開き、木々というのはこれほど勢いよくおい茂るのだと甲板から見える景色に茫然としているうちに、船はゆっくりと港に入っていった。
艀を降りて港湾地区から少し歩き、市街地に入ったところでサミュエルと二人顔を見合わせた。
「夢でも見てるのか?」
「まだ酒は飲んでないな?」
庶民として財を成したエリアスが当時の総督と手を結び、ヴィルヘルムの目が届かないことをいいことに大胆な都市整備をおこなって、オクシデンス島と隣接する海亀島が素晴らしく発展しているとは聞いていた。
だが、リベルタ大陸と諸島郡は五〇年ほど前に発見された未開の地で、メルシア連合王国の統治領。
流刑地としても利用されている辺境域だ。
だから発展といってもメルシアの地方都市程度のものだと侮っていたのだ。
「首都と遜色ない、は言い過ぎにしても、ベルニカ領都よりよっぽど発展しているぞ。エリアスのやつ……やりたい放題やってたな」
ほんの少し悔しそうにサミュエルが言った。
見ろよこの舗装された道、と右足できれいな石畳を叩く。
「新大陸様式とでも言ったらいいのか? メルシアとは建物が違うが、立派なものだ」
漆喰で壁を塗り固められた建物や木造の建物は個性的で彩りのいい顔料で塗られ、小さなバルコニーには色鮮やかな植物が飾られている。
「この街並みを拝めただけで、この島に来た甲斐がある……にしてもあっついな!」
サミュエルのぼやきにヴィルヘルムも頷いた。
出発前になるべく薄い服を買って、今はそれを着ているが、それでも暑い。
吹き出した汗と絡みつく湿気で身体中がベトついている。
「水浴びがしたいな」
「それだ! ここは島だ。どこかに海岸があるだろう。海でしてみるのはどうだ?」
一度海で水遊びをしてみたかったんだが、ベルニカの海は夏でも凍えるほど冷たくてな、とサミュエルは子供のような笑顔を見せる。
言われてみればヴィルヘルムも海に入ったことはなかった。
流氷で海が閉ざされるベルニカの海ほどは冷たくはなかったが、メルシアの海は岩礁や崖に面しているところが多く、そうでないところでも危険だから遊んではいけないと釘をさされていたからだ。
だが、たしかにこれだけ暑ければ海に入ることも出来るだろう。思い返せば入港までに砂浜らしきものも見たような気がする。
「行ってみよう」
市場でこのあたりの気候にあった服とサンダルを買い、海岸の場所を聞いて、そこに向かった。
「おお! こりゃ良いな! 青い空、青い海、白い砂浜、変な形の南国の木!」
ブーツを投げ捨て、もったりと汗で湿った厚手のシャツも脱ぎ捨てて、サミュエルは上半身裸で海にザブザブと入っていく。
「ほら、早く来い! ヴィル!」
ブーツと靴下を脱いだところで波打ち際で遊んでいたサミュエルがヴィルヘルムに向かって水をかけてきた。
「おい! シャツまで濡れただろ!」
「トロトロしてるからだ! ほれ! もう一発いくぞ!」
「やめろ! バカ!」
お返しとばかりに砂を投げつけ、海に突っ込んで顔を狙って水をかける。
「うわっ! 目に染みる! 相変わらず汚い戦い方をしおって!」
「戦いは勝ってこそだろ!」
頭を空にして、二人で子供のようにはしゃいで遊んだ。
水遊びにひと段落をつけた後は、綺麗な水の中から雑魚をすくったり、貝を背負った蟹をつついたり、はじめて目にした両手の大きさの貝殻を孫への土産として荷物に忍ばせたりもした。
だがしかし楽しい時間がすぎた後、潮で身体がべとつくのと砂でざらざらするのに辟易し、さらにその後しばらく南国の洗礼とも言える日焼けで苦しむことを、二人はまだ知らない。
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