ラトゥーチェ・フロレンス
黄昏時でも南国の太陽はメルシアに比べて強くて痛い。
「いやはや、痛い目にあったな。お天道様が輝いてるのはいいことだと思っとったが……」
新調したばかりの羽飾りつきの派手な帽子の広いつばの傾きを調整しながら、サミュエルがため息をついた。
「ヴィル、お前はもう平気か?」
「メルシア人は元々海の民だからかな。お前ほどひどくはならなかった」
サミュエルは中身と見た目のそぐわない男だ。
白銀の髪と雪白の肌、燃える情熱を秘めた血赤の瞳の他者を圧倒し平伏させる男性的な美の持ち主で、若い頃はメルシアの至宝と称された兄エリアスと双璧と讃えられる事も多かった。
年を経た今でも、鍛え抜かれた肉体は若い頃そのまま、渋みと野生味の迸る大変見目の良い中年である。ただし口さえ開かなければ。
さておき、先日はその白い肌が災いした。南国の強い日差しの中、上半身裸ではしゃぎ回ったせいで真っ赤に日焼けをしてしまった。
ヴィルヘルムはシャツを脱ぐ前だったのと、元々太陽に強い肌だったらしく、幸い彼ほどひどく焼けなかった。
それでも三日間ほど苦しんで回復し、やっとサミュエルご所望の海亀島のラトゥーチェ・フロレンスに足を運ぶことができた。のだが……。
「は? わざわざディフォリア大陸から来たのに、紹介制?」
「大変申し訳ありません。オーナーの意向で紹介状のないお客様は全て、お断りしております」
門番に丁重に、だがきっぱりと入館を拒否された。
「諦めよう。サム。他の島を観光して帰ろう」
「は? ヴィル! あきらめよすぎんだろ? 世界一だぞ!」
地団駄を踏むサミュエルの袖をヴィルヘルムは引いた。
「お前が乗り気だったから、ここまで付き合っただけだ。俺は興味ない」
「ヴィルヘルム! お前タマなしか? 世界一の娼館、興味ないなんてある? ないだろ!」
「サム……ヴィルヘルム……あの、前ベルニカ公と先王陛下でいらっしゃいますか?」
「へ? いや、その」
門番に唐突に尋ねられて、答えていいか迷っていると、迷いなくサミュエルが返答した。
「そうだ! 先王陛下と先代ベルニカ公爵だ! だから入れろ!」
「少々お待ちください。館主を呼んでまいります」
「おい、うかつに正体を明かすな。俺たちのことを知っているのおかしいだろ!」
「知らないね。俺は入って楽しめさえすりゃいいんだ」
二人組だった門番は一人を残して娼館の中に入って行き、ややもして立派な服装の長身の男を連れてきた。栗色の髪に緑の瞳のおしゃれな口髭の壮年の男だ。
門を跨いで出てきた男はヴィルヘルム達に丁寧に頭を下げて、阿るように口を開く。
「先王陛下と前ベルニカ公爵閣下であらせられますか? オーナーよりお越しいただけるかもしれない、と連絡を受けております。その際は丁寧にお出迎えをして特別待遇、特別料金で最高のおもてなしをするように承っております」
「オーナー?」
「オクシデンスブルグ男爵……といえばお分かりいただけますか?」
「あっ、そうか、兄貴の!」
「なんだよ、ここもエリアスの持ち物か!」
はからずも重なった二人の言葉に男は紳士的な笑みを見せた。
「はい。それがお分かりになるのはお二人がお二人たる証左でございましょう。私はこの娼館の館主を任されておりますリチャード・ディクソンと申します。ディックとお呼びください」
「ディクソン? 東方貿易のか?」
「放逐された身ではありますが。困窮していたところをオーナーに拾っていただきました。ではどうぞお入りください、大切なお客様方」
固く閉ざされていた荊薔薇の門が割れるように開かれ、極彩色の花々が咲き乱れる楽園めいた花園が二人を迎える。
その花園のさらに奥、娼館ラトゥーチェ・フロレンスは絵画のような美しさで瀟洒な佇まいを浮き上がらせていた。
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