これがなくっちゃはじまらない!
二人を引きずって植物園を退去し、やってきたのは露店街だ。土産物屋や食べ歩きの屋台が並ぶハンバーでも人気の下町観光地である。
「あそこでごり押して、所長に交渉できればラカダン、食えたんじゃないか?」
「出来るかよ。迷惑をかけるな。ノイメルシュに戻ったら温室で好きなだけ食べればいい」
「ヴィル、お前は分かっとらん! あの時に食べたかったんだよ。あーあ」
「はいはい。そうだな。代わりにここは俺の奢りだ」
「安い奢りだな!」
「娼館代ぐらい奢ってくださいヨ!」
「そうだそうだ! それぐらい奢れ! 国王様!」
飛ばされたヤジに首をすくめると、サミュエルは不満そうに鼻を鳴らした。
「まあいい。腹いっぱい食って破産させちゃる!」
覚悟しろ、と、力こぶを叩いて賑やかな通りを見渡したサミュエルは一つの屋台の前で足を止めた。
「おい、これは肉か?」
「ああ、豚のあばら肉だ! タレが秘伝でね。リベルタのおふくろの味と言われてる糖蜜と酢のソースをベースに隠し味を入れた特別製だよ! 少し手は汚れるが、柔らかくほろほろとした肉と甘めのタレが合わさって最高だぞ!」
燻製のような甘く深い匂いが鼻腔をくすぐる。
ヴィルヘルムは唾を飲み込むと、すぐさま店主にそれを頼んだ。
「三本くれ。後はどうする?」
「魚介の串焼はどうです? 普段あんまり食べませんし。あっちは辛いスパイスにつけ込んで焼いてるみたいですヨ」
近くの屋台を覗き込んだオリヴェルに小銭を渡して買ってくるように頼み、他にリベルタ由来だというマサという穀物の粉を伸ばして焼いた皮にピリ辛の肉やチーズや野菜を巻いたブリートと呼ばれるハンドフードも購入する。
最初の屋台の横にテーブル代わりの樽が置いてあったのでそこに買った食べ物を置いて、サミュエルとヴィルヘルムは思い思いに手をつけた。
「ほっ、ふはっ……あっつ! むほぉ!」
熱々の肉を豪快に頬張ったサミュエルが口の周りを茶色のソースでてかてかにしながら目を輝かせている。
それを横目にヴィルヘルムも海鮮の串焼きの一番上を噛みちぎった。
とたんに汁気たっぷりの肉厚のえびが口の中でぴりりとした香辛料を纏って踊る。
「あふっ! からっ! うま!」
目を白黒させながらファストフードを頬張る二人の前に置かれたのは、なみなみとビールがつがれた木のジョッキだ。
差しだされた方を見れば、自分の分を確保してドヤ顔を決めたオリヴェルが親指を立てている。
「これがなくっちゃ、はじまらないでショ!」
無言のまま手に取り一口飲んで、そのまま一息にジョッキを空けた。
昔飲んでいた物と違うすっきりとした喉越しのビールだったが、この異国風味の屋台飯に良くあっている。
やはりジョッキを空にしたサミュエルが衒いなく笑う。
「オリヴェル! 気がきくではないか!」
「このビール最高だ。酒も食べ物もどちらも美味くて至福だな……!」
唇の泡を指で拭い、ブリートにかぶりつく。癖のある味のマサ粉の生地に包まれた細切肉と豆の煮込みの辛さを、一緒に入ったチーズと刻み野菜が和らげている。
食べ慣れない味ながら食欲が増す、そして、先程飲み切ったビールが欲しくなる味だ。
ビールを全員に一杯づつ調達してジョッキを開けながら、ヴィルヘルムは屋台飯に舌鼓を打った。
二本目のスペアリブから肉を一筋残らずこそげて食べたサミュエルが屋台の主人に声をかける。
「店主、この肉、サイッコーにうまいぞ! 王宮の飯よりずっといい」
「お客さん、王宮の食事を知ってるかのような口ぶりだね」
「冗談に決まってるだろ! 俺達は王様と公爵様ではなく旅人だ!」
「はいはい、公爵様、お口の下にソースのお髭が生えてますよ」
すかさずオリヴェルがハンカチを差し出して、辺りが笑いに包まれる。
本当の事を漏らしても冗談だと思われ、自分達が先王と前公爵だと気づかれていない。
先程は恥もかいたが、その立場を離れれば誰も自分達のことを地位で見ない。
それらは王位を継ぐ前は当たり前だった懐かしい感覚で居心地がよく、肩が軽かった。
※ブリート、いわゆるブリトーなのですがブリトーは商標のようなのでブリートとしています。誤字ではないです。逆にブリトーになっていたら誤字なので教えてください。
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