元国王、あらため旅人
メルシア連合王国の首都ノイメルシュは南部大平原と呼ばれる広大な平野の中心に位置する大都市だ。
そこを基点とし、連合王国の領都や交通の要所に向かって石畳の街道が整備された。
戦の物資輸送のためではあったが、平和になってこそ民に役立つもので、ヴィルヘルムの功績の一つと言われている。
「婿殿め! 体良く仕事を押し付けおって。そのせいで行く方向も決まっちまったし!」
馬を駆るヴィルヘルム達は港町キュステに向かって南に走る街道の途にあった。
首都からわずかに外れただけで、見渡す限りの若い麦が風にそよいで青々と波打つ心温まる光景を楽しめる。
だがそれに視線を止めることなく不満を漏らすサミュエルに、ヴィルヘルムは轡を並べた。
「どこに行くにしてもなにかしら頼まれただろうし、子供達に協力してやるべきだろう」
さすがに無断で城を空けるわけにいかず、息子夫婦に旅に出ると伝えに行った。
その時リアムに『特に行く先が決まっていないのならば、エリアスに書状を届けてほしい。その後、彼の治める大公領、特に領都メルシュと港湾都市ハンバーの発展が目覚ましいそうなので、それらの街を視察して現状の報告をして欲しい。旅行費用も多少負担するし、従者もつける』と依頼され、それを受けたのだ。
大公領はフィリー山脈を挟んだ西側にあり、急峻を越えるか、キュステから船に乗って大公領にあるいずれかの港に上陸するかしかない。
ヴィルヘルム達は手っ取り早く領都メルシュにほど近く、視察も頼まれているハンバーに行くことに決めた。
「ハンバー港はリベルタ大陸への玄関口でもある。面白いものも多いだろう」
「そう仰ってる陛下が、一番乗り気じゃなさそうな顔してますケド」
まぜっ返してきた従者のオリヴェルにヴィルヘルムは遠慮なく渋面を見せた。
連合王国を築いたヴィルヘルムは、元々メルシュを首都とするメルシア王国の第二王子だった。
優秀な王太子エリアスの影に隠れ、城下におりても誰も気に留めない、政治的に役割を持たされたのは当時の大国ノーザンバラの顔を立てるために望まぬ妻を娶らされた時だけという気楽な次男坊。
だがその立場は、兄エリアスがリベルタの視察で消息を断ち、彼と思しき水死体が上がった時に一転した。
兄は死んだものと見做され、ヴィルヘルムはエリアスの子が成人するまでの中継ぎとしてメルシア王国の王位についた。
継ぐ予定のなかった王位は重く、後手に回っているうちにノーザンバラの手によって姪甥をむざむざと殺された。
ヴィルヘルムにとって初恋にして唯一。密かに思慕を寄せる存在だったエリアスの妻のオディリアは、夫とその忘れ形見の死で心を壊しヴィルヘルムを亡くなった夫だと思い込んだ。
メルシュの宮殿に刻まれた記憶はあまりにも苦く重い。
両親の墓も産褥の末に亡くなったオディリアの墓もそこにあるのに、連合王国を樹立して大陸中央に遷都した後は、辛い記憶を直視できず足を向けられなかった土地だった。
「ヴィルだ。市井に混ざって旅をするのに陛下呼びは困る。俺は引退して、今は……ただの旅人だ」
苦渋をごまかすためにぼそぼそと言い返すとサミュエルにも聞かれていたらしい。
「ぶっはっ! 旅人ってお前さぁ! いいな、それ。俺も……ただの旅人だ」
爆笑されながら真似をされ、ヴィルヘルムはサミュエルを睨みつけた。
「笑うな! 真似をするな! サム!」
「へいへい。ま、元陛下の仰せだ。俺のことはサム、こいつのことはヴィルと呼べ」
「じゃあ、サムさんとヴィルさんで」
「お前にそう呼ばれると、なーんかムカつくな」
「えー、自分から言っといて、なんすかそれ。ワガママおじ共のお守りを押し付けられて、もしかしなくても俺、貧乏くじ引かされた?」
「その口閉じて馬を走らせろ。自認若造。おじ共から遅れとるぞ!」
「アラサーは自認じゃなくて、本物の若者ですー!」
言い合いを始めた二人を横目に、鐙を蹴って馬の足をはやめさせる。
「次の船に乗れれば十日かからずハンバーにつけるはずだ」
「あ! おい! 負けんぞ!」
三人で争うように馬を駈けさせ、予定より早くキュステにたどり着いた三人はその週最後のハンバー行きの船に乗ることができた。
お読みいただきありがとうございます。
カクヨムさんでMFブックスイケオジコンテストに参加中です。
ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。応援よろしくお願いします。




