燃え尽き王、庭で虚空を眺める
ヴィルヘルムは庭園の隅におかれた椅子に座ってぼんやりと孫と虚空に視線をさまよわせていた。
「おい! こら! ヴィル! 聞いとんのか?」
「ああ、悪い」
聞いてなかったと言外に告げると息子の嫁の父親であるサミュエルは、鼻を鳴らして足元にまとわりつく孫を持ち上げた。
そして胴を抱えてぐるぐると回り、はしゃいで興奮する幼子をヴィルヘルムに投げ渡した。
「危ないだろ!」
「俺の孫はこの程度で怪我をするような惰弱ではない。ほら! 現に喜んでいる!」
ご機嫌に笑う孫を腕に収めて立ち上がり、庭を歩いてやる。
サミュエルが横に並んで「さっきの話だが………」とヴィルヘルムが聞き漏らした話を再び始めた。
「旅に出んか?」
「お前とか?」
「昔、そんなことを言っていたろ」
しばらく考え込んで、ヴィルヘルムはそれを思い出した。たしかリアムが産まれた頃の話だ。
「どうして今さら? なんで急に?」
「お前がボケるんじゃないか婿殿が心配しとるからな。胃痛の種は少ない方がいい」
「面と向かってそれを言うか? だいたい俺はまだ四〇代だぞ!」
「いーや、危ないね。毎日ベンチに座ってぼんやりしてるだろ。腑抜けだ、腑抜け」
囃し立てられて浮かんだ眉間の皺を孫に触られるがまま、ヴィルヘルムは中庭を一周して戻ってきた先程のベンチにもう一度腰を下ろした。
「平和で豊かな国をリアムに譲るのを目標に、20年以上脇目も振らず、当のリアムの事すら蔑ろにして走り続けた」
「その話は長いのか?」
「たまには付き合えよ」
たいして興味もなさそうに横に座って孫にちょっかいをかけるサミュエルにヴィルヘルムは語った。
「俺が向き合わないうちに息子は妻をはじめ周囲の人間に育てられ、いつの間にか大きく逞しくなって、即位してすぐに貴族たちと手を取り合い、時に渡り合って、立派に国を治めている」
「まあそうだな。俺の愛娘のソフィアがしっかりケツを引っ叩いているおかげもあるが、リアムは若いのにソツがない」
「そう。それだ。俺なんかの手助けなど必要ない。むしろ邪魔だ」
ヴィルヘルムは空を仰ぐ。鈍色の雲の敷かれた低い空はまるで己の心の裡だ。
「ふと気づいたら、手も心も空いてしまった。必死で走っている時は、暇になったらあれをやろう、これをやろうと考えていたはずなんだが……いざそうなってみたら、なにも思いつかないんだ」
それで結局孫の面倒をみながら、日がな一日この中庭で過ごしている。と、空虚に笑うと、サミュエルに後頭部を叩かれた。
「イテッ‼︎ なにすんだ!」
「やっぱり腑抜けてる! 子供も自立して仕事からも解放された! 甦れ、青春の日々、というやつだ。ほら、アーニーを乳母に渡してさっさと行くぞ。三十秒で支度しろ!」
「いや、待て待て待て待て! まさか⁈」
「おうよ。今日、今から出れば日没までにどこかの街にたどりつけるだろう! いくぞ! 各地の美酒と美姫と冒険が俺たちを呼んでいる!」
今度は乳母に孫のアーネストを投げ渡したサミュエルに引きずられて、燃え尽き王ヴィルヘルムは二十年以上振りに、私的な旅に出ることになったのだった。




