過去・現在・未来
大公宮に到着して執務室に赴くと、兄はヴィルヘルム達と茶会をするために四阿に行ったと事務官に知らされ、二人は回廊から庭へとでた。
久々に足を踏み入れたメルシュ大公宮——旧王宮の庭はヴィルヘルムが引き払った時から、過去に時を戻す形で綺麗に整えられている。
かってのように自然を模して整えられた植栽の庭を突っ切ると、遠目に白いクロスのかかったテーブルと茶器の用意が設えてあるのが見えた。
それは眩暈がするほど懐かしく、吐き気がするほど暖かな、二度と戻ることのない、優しい記憶の中の景色と酷似した光景だった。
植栽の陰に兄の影が見える。
季節こそ違えど、最初の妻との結婚を決められた時の茶会の記憶が重なった。
そこから女神が悪意に満ちた糸を引いたかのように、家族全員の運命が狂っていったのだ。
「あっちに小さなケインが座っていて、そこに兄貴が……」
再び過去に囚われかけたヴィルヘルムを引き戻したのは、ここまで共にやってきたサミュエルだった。
「エーリーアースー‼︎ 一発! 殴らせろ‼︎」
植栽の影から飛びだしたサミュエルがエリアスに向かって殴りかかった。
「あっ! おいやめろ。そこから兄貴に襲いかかると」
過去の記憶を補完するかのように、植栽の影からでも目立つ赤毛がちらついた。
次の瞬間吹っ飛んだのは兄ではなくてサミュエルだ。
「なっ……なんだ?」
「兄貴の席は襲いかかりやすそうだろ? そこに死角があって護衛がいるんだ」
「はや、く……い、え……ってぇ」
「言う前に突っ込んだだろ?」
「二人とも予想通りの無作法だな。ヴィルヘルム、お前もちっとも変わらない」
そんなところから出てきて、とため息をついてみせた兄に、記憶になぞらえて声をかけ、両手を上げて武器を持っていないことを示しながらヴィルヘルムは茂みから出た。
「茂みを突っ切った方が早いからな。ああ、やはりケインか。リヒャルトのようだったぞ」
リヒャルトはケインの父で、ヴィルヘルムの剣の師匠だ。
長い間エリアスの護衛として仕え、若い頃の無礼無頼なサミュエルをぼこぼこに伸して分からせ、当時のベルニカ王に感謝された逸話をもつ人物であり、最期は兄エリアスのリベルタ視察に同行し、彼を護って亡くなった。
「光栄だ。さあ、かけてくれ。さっさと茶会を済まそう。ここは寒くてアレクの身体に障る」
前に同じように似てると言った時は傷ついた目で俯いてそれを拒絶していたが、今は受け入れて喜んでいる様子だ。
そんなケインの様子に、ヴィルヘルムの胸のつかえが一つ落ちた。
「最初から中で良かったんじゃないか?」
兄がヴィルヘルムに向かって首を振った。
「いや、ここですべきなんだ。さあ、かけなさい」
香りのいい紅茶に、童心をくすぐる味わいの菓子。記憶の再演を狙っているかのようなセッティングだ。兄の意図が嫌でも分かる。
ただあの時置かれていたはずのいちごのタルトはなく、そのかわりクリームの上に削ったチョコレートが飾られたタルトがおいてあった。
クリームの下からラカダンが覗いている。
「バノフィーパイと呼ばれるラカダンのタルトだ。二人ともどうぞ。ラカダンを食べたくてリベルタまで行ったんだろ?」
皮肉をまぶして強めに勧められて口に運び、サミュエルと共に机に突っ伏した。
「あっま!」
ありえない甘さだ。驚いたことにケインはそれを美味そうに食べている。
甘さを流すために紅茶を飲み干すと、侍従がもう一杯入れてくれるから、それを飲みながらコーヒーを頼む。
コーヒーで口の中の甘みを洗い流したところでエリアスは笑った。
「少し懲りたか? 人の都合を考えろ」
「知るかよ。俺は俺の都合で生きているからな。というわけで、フィリーベルク公は邪魔をするな! エリアスのやつをしばかせろ!」
「させるものか。そんなに血を見たいなら、いくらでも相手になるが?」
「ぬっ! そうか。ならばお前からだ!」
庭の片隅で組み手をはじめたサミュエルとケインには視線も流さずに、兄は静かに尋ねた。
「どうだった? リベルタは」
「発展していて驚いた。それとラトウーチェ・フロレンスでリコリスから色々話を聞いた。三人とも楽しそうに生活していたんだな」
「20年だ。嫌な思い出だけじゃない。楽しい事もたくさんあったよ」
しばらくぶりに再会したエリアスは佇まいこそ昔のままで相変わらず美しい。
だが、手の甲や首筋にほんのりと皺がより、どこか枯れた様子があって、時は止まらず流れるものだと感じた。
そこからうまく話を繋げられず、場を繋ぐように菓子を食べてコーヒーを飲み、不意に思い出して、荷物の中から青磁の皿を出した。
「向こうで割った皿の代わりに買ってきた」
「ああ、そういえば、ディックからの手紙に書いてあったな」
それを受け取ったエリアスは、皿を矯めつ眇めつして首を傾げ、皿を叩いて音を聞くと、さらに首を捻った。
「どうかしたか?」
「ケイン」
エリアスが呼んだ瞬間に、ケインはサミュエルをもう一度投げ飛ばして駆け寄った。
「えっ??」
二人は互角で、壮年で体力の分ケインの方が優勢程度だと思っていたが、見誤っていたようだ。
「呼んだか?」
「これを半分に」
「え?」
戸惑うヴィルヘルムをよそに、エリアスに言われるままに、ケインが青磁の皿をヴィルヘルムが娼館の洗い場でそうしたように、ぱきりと半分に割った。
「な、なんで?!」
「いや、そうしないと真贋の区別がつかなくてな。ああ……やはり偽物だ」
「ほら、だからひび割れた皿だって言ったじゃあないか!」
どうやらヴィルヘルムは偽物をつかまされたらしい。
立ちあがったサミュエルにも笑われ、頭を抱えたヴィルヘルムだったが、エリアスが目を輝かせながら食い気味に言った。
「いや、このレベルの偽物はないぞ。これを作った陶工を引っ張ってこれれば、メルシアの陶磁器が一気に発展する。東方から輸入の必要がなくなるかもしれない。闇オークションはノアのところだな」
にんまりと笑ったエリアスは明らかに商売人の顔をしていた。リベルタに行く前の彼はこんな顔をしなかった。
「……気に入ってもらえたようで良かったよ。兄貴……その……この後リアや家族の墓参りに行こうと思うんだ」
ヴィルヘルムは気力を振り絞って兄に告げた。
「そうか。ならば一緒に行こう」
「あと、自分が何をしたかったかも思い出した。この茶会を開いてくれてありがとう。時は動いていると実感できた」
兄は本当によく他人を読んでいる。だからこそ、この茶会を準備していてくれたのだろう。
「ああ。ずっと動いていたよ」
過去の傷の起点とよく似た景色。
あの時に考えていた到着点とは全く異なる場所に、兄も自分もいる。
だが、そこには、今がある。
罪の意識が消えるわけでも贖罪が終わるわけでもない、犠牲も傷も深かった。
だが、ヴィルヘルムは王として歩きたくない道を歩いて、目標とした平和をリアムに託せた。
今度こそまだ終わっていない昔から持っていた夢を手繰り寄せ、人生を進むのだ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ヴィルヘルム視点での本編はここで完結です。
この後、サミュエル視点の回想が入ります。
カクヨムで開催中のイケオジ小説コンテストに出展をしており、その関係で明日一旦完結としますが、コンテスト後に再編集をする可能性があります。
ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。
まだの方はぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。




