火事場にて
スラム街の真ん中で、二人はギャビーを見失った。
「おいい! 撒かれちまったぞ!」
「お前の声がデカいからじゃないのか?」
「人のことは言えんだろ。しゃーない。一度宿屋に戻るか」
「もう少し探してからのほうがよくないか?」
住民に遠巻きにされながら二人は辺りを見回した。
半ば崩れた建物が折り重なるように繋がっていて、場末という言葉が相応しい荒れようだ。
「なんかキナ臭くないか?」
鼻を鳴らししたサミュエルにヴィルヘルムは首を傾げた。
「罠的な?」
「いや、物理だ物理。なんか燃えている臭いがする」
「そうか?」
この下町はさまざまな匂いがする。
かび臭さやドブの匂いのような据えた悪臭がほとんどでいまいち鼻が効かない。
もう一度臭いを嗅ごうとしたヴィルヘルムの足に何かが抱きついてきた。
「おっと……! ん? ギャビー?」
「助けて! 聖女様が、この地区の皆が、焼き殺される!」
切羽詰まった表情の少年の顔は殴られて腫れ上がっていた。
「おい、大丈夫か?」
「それどころじゃないんだ! 皆を助けて!」
懇願する少年をその背中に乗せてヴィルヘルムは尋ねた。
「どこに行けばいい? 何があった?」
「そこの突き当たりの小道を右! あの煙の出てる辺りにオレ達の家がある。ヘンリーの部下が辺りに火をつけて回ってるし、マグノリアも! 助けを呼ぶのに逃げてきたんだ!」
「いい判断だ!」
二人はギャビーの道案内に従って細い路地裏を駆けた。
道すがらのあちこちで小火が起こり、住民達が右往左往している。
一部の人間は明らかに魚人痘を患っており、今にも倒れそうな様相だ。
「サミュエル! 住民を統率して火を消せ! 俺はマグノリアの方にいく!」
「任せろ! 火をつけて回ってる奴はどうする?」
「もちろん生死問わずだが、全部は殺すな! 情報を引き出す!」
親指を上げたサミュエルが周りの人間に朗々と響く声で矢継ぎ早に命令を与え、統制を取っていくのを尻目にヴィルヘルムは一軒の家の前にたどり着いた。
「ここ……か?」
「まだ、燃えてない……!」
少年を降ろし、肩で息をついたヴィルヘルムは家屋の中を見た。
真っ先に火をつけられていると思った彼らの家にはまだ火の気はなく、ヴィルヘルムはギャビーを待たせて家の中に入った。
そして、なぜまだヘンリーの部下がこの家に火をつけていなかったのか悟り、激昂した。
ぐったりと倒れたマグノリアの服を暴いて上にのしかからんとしていた男を投げ落とし、突然の痛みに呻く男の胸に短剣を突き立てる。
「マグノリア、助けに来たぞ!」
「だ、れ?」
「ラトゥーチェ・フロレンスの使いだ。もう大丈夫だ」
乱れた衣服を直して寝台の上のぼろ布を肩にかけやり、横で失神していた少年にも声をかけて起こした。
「ギャビー! 手伝え! 敵は排除した」
恐々と家の中に入ってきたギャビーに手伝わせ、なんとか意識の戻ったもう一人の少年を背中に乗せ、マグノリアを腕に抱いてヴィルヘルムは荒屋の外に出た。
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