無情
「こんな掃き溜めに匿われていたとはな」
ヘンリーに叩かれ、壁の古びた漆喰は脆く崩れて芯材の煉瓦が露わになった。
ギャビーと彼の仲間の少年はマグノリアを守るためにヘンリーと彼女の間に立って、人の壁を作る。
「何の用だ!」
「なに、俺の獲物をくすねたガキ共にケジメをつけさせようと思ってな」
知ってたろ? 俺がその女を探してるって。
ぴたぴたと手の甲で優しげに頬に触れられて血の気が下がった。
「なんで、ここが……」
「あの余所者達と食堂で飯を食ってたろ。全部伝わるようになっているんだ」
この一帯はヘンリーの支配地域だ。彼の耳目がそこら中にあると考えなければいけなかった。
歯を食いしばったギャビーは先程の二人との対峙を思い出して腹に力を込めた。
この男は危険だろうが、あの二人よりも怖くない。
「聖女様はあんたのものじゃない!」
ヘンリーを睨みつけて叫んだ次の瞬間、頬に鈍い痛みが走り、ギャビーの軽い身体は浮いて地面に落ちた。
肩を強かに打ち付け、たまらず砂混じりの床に唾を吐くと血が混じっている。
「やめて。やめてください。この子達を、傷つけないで……」
高熱でおぼつかない足取りで立ち上がったマグノリアは二人を抱き寄せ、聞こえないように言い聞かせた。
「二人とも逃げて。私のことはいいですから」
「でも……」
「愛していましたと伝えてと、ディックの使者に言ってください」
彼女の夫への伝言だとわかって、聖女が死ぬ覚悟あるいは奴隷になる覚悟を持ったと理解した。
「聖女様、だめだよ……」
もうマグノリアはギャビーのことを見ていなかった。
その清らかな眼差しをヘンリーとの対決へと移してしまった。
「この子達は私がここで行き倒れていたので、看病してくれていただけです」
今度はマグノリアがギャビー達を押し除け、その前に守るように立った。
「お前、顔のその痘痕、魚人痘か?」
昼でも薄暗い部屋、女性にしては長身のマグノリアと視線が合ったヘンリーは彼女の痘痕に目を止めた。
「なんてことだ。薬はあるが、その痘痕は残る。お前は無価値だ!」
「くすり! そうだ! 金を用意したんだ! 払うから! 魚人痘の治療薬、よこしてオレ達をほっておいてくれ! あんたにとって価値がなくてもオレ達にはそうじゃない」
ギャビーはもう一度彼女の前に割り込んで、ヴィルヘルムから渡された銀貨三枚を差し出した。
だが、ヘンリーは子供のギャビーが想像するよりもはるかに残酷で無情だった。
ヘンリーはギャビーの手からそれを受け取り、本物かを確認した後、少年達を殴り飛ばし、マグノリアを足蹴にする。
そして男は虫の足をもぐのを思いついた子供と同じ無邪気な残忍さで笑って部下に命じた。
「オレは帰る。いい機会だ。あたり一帯に火をつけろ。病原菌ごと焼き捨ててしまえ。建て替えだ」
地に伏したギャビーに見せつけるように手のひらの銀貨を投げ上げ掴んで、ヘンリーはそれを懐にしまった。
「こいつらはどうします?」
「好きにしろ。あんまり時間をかけるなよ。最後はきっちり息の根を止めろ」
ギャビーは顔を伏せたままあたりを伺った。仲間もマグノリアも殴られてぐったりと地に伏せている。
ギャビーはそれを見て立ち上がり、彼らの隙をついてその場から逃げ出した。
今、自分にできることはあの二人をここに連れてくることだと判断した。
ヘンリーに見つからないよう小道を抜け、知己に会うたびに火の危険を短く告げ、先程二人を撒いたあたりまで戻る。
先程からさほど離れていないところで自分に撒かれた事で言い合いをしながら、うろうろと自分を探す二人を見つけて、ギャビーは彼らの足に縋りついた。
「助けて! 聖女様が、この地区の皆が、焼き殺される!」
振り向いた先、彼らの家のある辺りから煙が上がっているのが見えた。
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