曙光
「ヴィル、お前、そういうとこだぞ。ここは坊主を信用して宿で待つところだろ」
朽ちかけた構造物に簡易的な屋根を葺いただけの建物ともいえないような建造物や、いかにも素人が組み立てた小屋が乱雑に並ぶ、スラムの中でも特にうらぶれた地区。
コソコソと物陰に隠れながら自分をつけてくる二人の人影に気づかれないように視線だけを流して、ギャビーは失笑した。
隠れているつもりの様だが、話している内容までわかる程度に聞こえてくる。
二人とも声が大きくてよく通るのだ。
「信用してないわけじゃない。マグノリアの居場所のあたりはつけておかないと。それに近くにいた方が時短になるだろ。確認したら、何食わぬ顔で宿屋の途中の道でばったり会って案内されればいい。お前だってそう思うから着いてきたんだろ? 留守番しといてくれたって良かったんだ」
「一人にできるか。危なっかしい。お前、自分で思っとるより耄碌してるからな」
「耄碌って言うな。せめて鈍ってるって言え」
「同じだろ。言い換えりゃあ良いってもんでもない」
あの二人は自分達がどれほど目立つ存在か分かっていない。遠目で目視できる範囲から圧倒的な存在感がある。
人生で一度もその身を隠し、息を潜めたことなどないのだろう。
その眩しさ、そして自分に対しての親切に対して、彼らのことを信じたいと思う自分もいる。
だが、それ以上に怖いと思う気持ちの方がまだ大きい。
ここは皆が生き馬の目を抜く様に過ごす吹き溜まり、迂闊に人を信じてはいけないと骨の髄まで染みている。
ギャビーは地の利を生かして静かに二人を撒くと自宅というにはお粗末なあばら屋に戻った。
「聖女様の具合はどう? これ、喉を通るかな? 少しでも栄養つけられればと思って」
面倒を見ているスラムの仲間に尋ね、先程出された揚げパンのおかわりを紙に包んだものを懐から取り出した。
「どうしたんだよ、これ? くすねてきたのか?」
「違う、ラトゥーチェのディックって人の使いがご馳走してくれた。聖女様と会いたいんだって」
その名前を聞いて、よろりと身を起こそうとする聖女をギャビーは止める。
「寝てて! 聖女様には旦那さんがいたの? 心配して探してるって」
「まさか奴隷島にまで探しにきて……くれるなんて」
瘡蓋が浮かんでもなお美しくて慈愛深いその顔にわずかな喜色が浮かんで、彼女もまた夫を愛しているのだとギャビーは悟った。
「あの、その使いの人と会ってくれる?」
「ええ、もちろんよ」
「じゃあ、すぐそばまで来てくれてるから呼んでくる! 他の奴らの薬代も出してくれるって」
彼女がラトゥーチェのディックなる人物を知っていて会う意思を見せたことで、彼らを信じても大丈夫なのだと保証を得た気持ちになった。
そして聖女も他の寝ついてる仲間も助かる可能性にギャビーの気持ちは浮き足だった。
だが、喜び勇んで外に出ようとドアに手をかける寸前、その扉はギャビーが開けるはずの方向とは逆に打ち破られて、浮ついた気持ちは絶望に変わる。
この小さな隠れ家に、部下を連れたヘンリーが押し入ってきたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、エピソード応援、評価、全てモチベーションになっています。
まだの方はぜひ★★★★★で応援よろしくお願いします。




