罪と罰
捕まえた少年は、サミュエルに押さえつけられてもふてぶてしい態度を崩さなかった。
「そっちのおっさんがマヌケづらを晒してぼんやりしてんのが悪いんだ!」
「その理屈だと獲物を見誤って捕まったお前は最悪の間抜けだな。知ってるか? 掏摸の指は切り落としていいことになっている」
ヴィルヘルムは少年の右手を掴み、地面に広げて押さえ付けた。
「は? しらねーよ! ガキに向かっておとなげねーよ! クソジジイ!」
強がりを保ったままの表情と裏腹に痩せこけた手が小さく震えている。
そして、そこにいたってもスラムの住人たちは特にこちらを止めてくることはない。
それどころか遠巻きに子供を心配するそぶりを見せもしない。
よくある光景、間抜けな餓鬼が実力も顧みずに大物を狙って失敗したと冷笑しているのが透けていてヴィルヘルムの胸は痛んだ。
自分は在位中、こういう子供が世にあふれないように尽力してきた。
全ての民が穏やかに幸せに過ごせる国を目指していた。その意思はリアムにも引き継がれているし、元を辿ればこの地を管轄する優秀な兄の思想だ。
ハンバー、オクシデンス島、海亀島。
彼の治世が届いた先はどこも富んでいた。
寂れ燻っていたハンバーの裏通りは無機質な味を帯びてはいたが、人々の嘆きは薄くなって皆身の丈なりの幸せを享受していた。
海亀島はかつて、本土にまで名のしおう悪徳の島だったが今は平和な観光地になっていた。
だが、どれほど有能でも為政者の目端やその腕の長さに限界があるのも事実だ。
その正常化を諦め、後回しにし、あるいは認識の外にある、ここのような場所では悪党が跳梁し、こうして子供がその日の些細な糧のために罪を犯す。
その事実に胸が痛むが、捕まえた以上無罪放免にするわけにはいかない。
このまま見逃せば、彼はなにも学べない。
子供ならば許されると学んで、自分達よりもさらに危険な相手の懐を狙い、取り返しのつかないところに踏み込むかもしれない。
「犯してしまえば罪は罪だ。どんな事情があったとしても、な」
ヴィルヘルムは剣帯につけたナイフを取り出した。その薄く研ぎ澄まされた刃を目の前に翳すと、やっとヴィルヘルムの言う罰が現実味を帯びたらしく、少年の顔色が変わる。
「おい、うそ、だろ……まさかほんとに、あ……っ、やだ……。やだ! やめてください! ごめん! ごめん、なさい! ゆるして! やだやだやだ!」
涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしての懇願に心の耳を塞いで、ヴィルヘルムはナイフを振り上げた。
「ひっ!」
そして、過たずに指と指の間、指の股に掠るぎりぎりの地面にナイフを突き立てる。
「少しは懲りたか? 坊主」
そう尋ねたが返事はない。
「お、おい?」
「やりすぎだ。ヴィルヘルム。失禁して失神してる」
黙って見守っていたサミュエルが、小さくため息をついて少年を肩に担ぎ上げた。
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