命の値段
「こ、これは競売人の提案だ! 私には関係ない!」
老齢の男は皆に守られる最後方から声を張り上げた。
「ほぉん? 『奴隷として売られず、無事に家に帰ることが出来る』とか言いながらそれが通ると思うのか?」
「ひっ……! ノア! なんとかしろ!」
「無理言わないでいただけますか!」
「さあ、お前らは俺達に何を提示する? 命あっての物種なんだろ」
死神のような闘気を発するサミュエルと、この状況で男は己の絶対絶命を感じ取ったらしい。
「こいつに任せる!」
男は彼の前にいた競売人をこちらに突き飛ばして、驚くべき早さで逃げ出した。
「あ、こら! 待て!!」
「くそ! ヘンリー! ふざけんな!」
「見事な逃げ足だな……」
男を追うよりもこちらを捕まえた方が確実だろうと、ヴィルヘルムは盛大に転んだ競売人の腕を掴んで引っ張り起こす。
「あ……え?」
視線が合って、篝火に照らされるヴィルヘルムの顔を見た男は予想と違う何かを見た時のように何度も目を瞬かせた。
「えっ! 似てなっ! 仮面つけていた時は似てると思ったのに!」
「兄貴にか」
思わずこぼれ落ちたと思しき言葉にヴィルヘルムは失笑し、慌てて顔を引き締めた。
「今する話か? それが今際の言葉になるかもしれないんだぞ」
すかさず男は懐から金貨の入った袋を取りだし、ヴィルヘルムに差し出してきた。
「さっ、さきほど提示させていただきました五十万ターラを差し上げます」
裏稼業で修羅場を潜り抜けてきた男なのだろう。呆れるほど素早い手のひら返しだ。
「これがお前ら全員の命の値段か?」
横から手を伸ばし、その袋を手に取ってサミュエルは目の前で振る。
競売人のノアは早口でまくし立てた。
「海亀島のリチャードと約定を交わしています! 今回のオークションに参加するにあたって、我々に危害を加えないとお約束いただいてますよね!」
「リチャードなんてやつぁ、知らんなぁ」
「ディックだよ。リチャード・ディクソンって名乗ってたろ」
「ああ、あいつか。知ったこっちゃないが? だいたい俺らが危害を加えたんじゃなくて、お前らが危害を加えてきたんだろうが」
「はっ、はひ……。すみません。あっ、そうだ! 旦那様方、ディアーラ人の女を探しているんですよね! さっき俺を裏切ったあの男、海賊あがりで今はこの島の東を縄張りにしているヘンリーって……」
「なんでディアーラ人の女の話から、さっきのジジイの話になるんだ?」
ちゃっかりと金貨の袋を懐におさめたサミュエルが男の言葉を止めた。
「この男の茶々は気にせず、落ち着いて話せ」
サミュエルの威圧に身をすくませる競売人に優しく言い含めると気持ちが落ち着いたのか、男は順序だてて話しはじめた。
「ヘンリーはこの島の東の沿岸でまた海賊稼業を始めました。私掠船団として海賊共を抑えてたアレックス達がいなくなったから。先日襲った船に美人の御婦人が乗っていたそうです」
「本当か? 情報を弄んでペラペラ話す匹夫は信用できん」
「命あってですから! それにあの男が任せるって言ったので問題ないです。普段は言いませんよ! 信用が第一ですし」
「信用どうのこうのっていう人間はこんなところで客を襲わんからな」
「貴方方がここまでお強いなんて思わなくてですね……」
何度も頭を下げて手を揉む男に苦笑が漏れた。
「もういい、続けろ」
「あっ! ハイ! どうも彼のヤサに連れてくる途中で逃げられたらしいんですが、あいつはいい歳してその女に一目惚れしたらしく、行方を探させながら捕まえたらあの宝石で飾りたいと……」
「なるほど。それがマグノリアだとすれば話は合うな。よくも逃げられたものだが」
頭から信じるわけにはいかないが、船の消えた状況まで考えると、一定の信憑性はある。
「ディアーラの滅亡から逃げ延びたなら、ある程度逃亡の心得があるんだろうよ」
ヴィルヘルムの言葉を受けて呟かれたサミュエルの一言は確信と悲哀に満ちていた。




