最低限の警戒
オークションハウスはフランジパニの花に囲まれた美しい館だ。ここだけが奴隷島の荒んで下卑たありようと一線を画しているが、積み上がった罪業を啜って美しく咲き誇る毒の花にすぎない。
篝火で淡く浮かぶ白亜の豪邸を見返り、ヴィルヘルムは言った。
「結局見つからなかったな」
「ってことは、荷物を受け渡して、一晩船に泊まって、それから島の居住地を片っ端から当たらにゃいかんのか。億劫だな」
「ちゃんと把握してたのか」
「ったりまえだ。最低限の予定の把握ぐらいしとるわ」
それに警戒もな、と、サミュエルのブーツを履いた爪先がわずかに地面を躙る向きを変える。
次の瞬間、木の上からナイフを振りかぶって襲ってきた男の腹に、サミュエルは完璧なタイミングで足を上げて綺麗な蹴りを入れた。
「その殺気、もう少し隠したらどうだ? 肥溜めよりも臭うぞ」
ヴィルヘルムは刺客が落としたナイフを拾い、サミュエルの強烈な蹴りを喰らってのたうつその男を拘束した上で、首にナイフを当てて声を張った。
「でてこい! いるのは分かっている!」
プルメリアの植栽の影から老齢の男が手勢と競売人と共に姿を現した。
優男の域を出ない競売人に比べて、男は坊主頭に眼帯の強面に贅肉と筋肉の入り混じった硬い四角い体つきの、いかにも闇稼業の頭目といった風体だ。
「乱暴なことだ。私はただ話し合いをしに来たんです」
思いの外丁寧な男の言葉を聞いたサミュエルは鼻で笑った。
「不意打ちしてきて話し合いィ? 殺し合いの間違いだろ? どさんぴん」
「失礼しました。その方が金を節約できると思ったんです。ですが、あなた方、腕に覚えがありそうだ」
浅はかでしたと反省のそぶりを見せる言葉とは裏腹に、男の手勢はこなれた動きで二人を囲む輪を狭めてくる。
「ですので提案させてください。あなた方にとっても悪い話ではないはずだ」
圧倒的優位を確信しているのだろう。篝火に照らされた嘲笑には傲岸な色がある。
「ディアーラの珠玉を五十万ターラで譲っていただきたい」
「計算もまともにできんのか? だから落札できんのだ」
「どこにこちらの利点があるんだ?」
九十五万ターラ出した宝石を約半額で売るわけにはいかない。
「もちろん命を繋ぐことができる。そちらの金髪の方は、ノアがアレックスに似た奴隷として欲しがっている」
なるほど、オークションハウスの外で問題が起きても競売人の責任の外だ。
彼は宝石類をこちらに売った上で、ヴィルヘルム達の情報をこの男に売り両方から対価を得、さらに自分を捕まえて兄に似た面差しの金髪のコレクションとして回収するためにここにいるのだろう。
ずっと感じていたじっとりした目つきの理由に納得すると共に、寒気が走る。
「奴隷として売られず、無事に家に帰ることが出来る。命あっての物種でしょう?」
「約束が違う! 俺は彼を手に入れたいんだ!」
「お前は黙ってろ!」
すでに勝つかこちらが降伏すると思っている男達に向かって、サミュエルは唾を吐いた。
「舐められたもんだな」
「あなたこそ計算ができないのか? こちらは五十人の腕自慢、そちらは二人で武器はそのナイフ一本。どこに勝ち目があるんです?」
オークション帰りで武器を持っていないでしょう、と男は哄笑した。
「ヴィル!」
サミュエルの声が耳を打つ直前、ヴィルヘルムは最初の刺客の喉笛を迷わず掻き切るとサミュエルと背中合わせで立ち、互いに背中を預けて臨戦態勢を取った。
※杖をついた老人→杖をついたを消しています。
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