支払明細
鬼の目にも涙、ずぶ濡れの猛獣、ガチギレしょぼくれおじさん。他にもなにか今の彼を例えるいい例えがあるだろうか。
「サム、どうした?」
「金が足りん……」
「いくら足りないんだ?」
ヴィルヘルムは立て替えを匂わせながらサミュエルに訊ねた。
ベルグラート家は連合王国有数の裕福な貴族で、サミュエルの私財も潤沢だ。
こちらに来るにあたって本国の神殿でそれなりの額の為替を換金していた記憶もある。
「……じゅうまい」
サミュエルが蚊の鳴くような声で言った。
この男、こんな小さな声が出せるのかと驚いたが、旅の道連れだ。
銀貨十枚足りないのだろうと、自分の支払いを基準にたかを括ってヴィルヘルムはカウンターに申し出た。
「俺が払おう」
そして悄然とするサミュエルに向かって釘を刺す。
「立て替えだからな。帰ったら返せよ」
カウンターに入っていたディックが笑顔で告げた。
「不足分が金貨十枚になります」
「は???」
手から財布が転がり落ちて、カウンターにぶつかり音を立てる。
「いやいやいや、待ってくれ。俺が金貨三枚だぞ?」
自分が会計した時にカウンターに入っていたのは遣手だったのだが、今は館主に変わっているのも納得だ。
おまけに後ろに用心棒と思しき隙のない面構えの男も数人立っている。
「納得いただけないようでしたら明細をご確認ください」
格式の高い娼館は信用で成り立っており、言い値で払うことが良しとされる。
それに不満を漏らして、明細を出されることは無粋で恥だ。
だが自分が遊んだ結果ではないから、ヴィルヘルムは遠慮なくサミュエルの遊びの明細を確認してやることにした。
「フルール・セレスト。これは?」
「このラトゥーチェ・フロレンス最高の娼婦の称号です。昨日顔見せした四人のうちの三人をご指名いただいたので、一人金貨一枚で三枚。ヴィルヘルム様にも一枚お支払いいただいております」
「リコリスもそうか」
はい、と明瞭な返事を返したディックが続けた。
「フルーツや酒などの飲食物が金貨三枚」
「ここまでで六枚? というか、金貨三枚分も飲み食い出来るものか?」
「飲食代は侍らせた花達の分も入っております。それとベルニカから輸入した酒が高くございまして。そちらを三本ほど振る舞っていただいておりますので金貨一枚半ほどかかっております」
サミュエルが俯いて右と左の人差し指をツンツンあわせながら小声で言い訳した。
「飲んでみたいって言われたし、地元ならいい店でも銀貨一枚で飲める酒だから頼んだんだ……五倍なんて聞いとらんし」
娼館の味方をするつもりもなかったのが、思わずヴィルヘルムは言ってしまった。
「ノイメルシュで飲んだって倍だぞ! さらに遠いんだから妥当だろ!」
「それはそう……ちーとばかり気が大きくなっちまって……」
サミュエルはがくりと首を垂れる。
「まあ飲食の件はわかった。特別室料の方は? やたらと高いが。あとこっちの特別遊戯料とやらは? こっちもとんでもない額だな」
半笑いのディックが慇懃に答える。
「その……二人以上でご利用いただく場合、普通の部屋ですと寝台が狭いので、特別室での遊興をお願いしておりまして。また特別なおもてなしとなるので遊戯料を加算させていただいております」
昨夜の記憶が反省を上回ったらしい。
口元を緩めてなにか言いかけたサミュエルに向かってヴィルヘルムは冷淡に舌を打ち、その言葉を止めた。
「言わなくていい。乱痴気騒ぎで湯水のように金を使ったことは理解した。問題はこれだ。最後のこの二倍は?」
これがなければ、おそらくサミュエルの手持ちで足りたはずだ。
「こちらはオーナーが指定するお客様への特別料金でございます」
「割増されているが、割引の間違いじゃないのか?」
「割増で合っております。お二方がここに来るようなら、倍付にしろと」
そこまで丁寧にいった口調を平易に崩したディックは苦笑を浮かべて、寄り添うように諭してくる。
「あんなに怒っているアレックスの手紙見たことないんで素直に払ったほうがいいですよ。今回のお二人の行動、ほぼ全て予想されていました」
ヴィルヘルムは財布から金貨を出したが、さすがに手持ちでは足りなかった。
こうして二人は、揃って借金返済生活に突入したのだった。
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あと3話ほどストック作ってあるのですが、書き換えたいので明日更新まで持っていけるかわかりません。
更新頻度が少し下がるかもしれませんが公募作品なので、8月中に完結予定です。




