第8話「ボス:ハイオーク」
すみません!第7話ですが、分けました!
「イイ鎧と剣ダ。俺ガモラウ。脱ゲ」
「はぁ!?あんたなんかに、こんな高級品やれるわけないでしょ!?」
恐怖より物欲が勝ったのか、社長はカメラをハイオークへ向け、強気に言い放った。
「アァッ?」
ハイオークが威嚇するように、巨大な棍棒を社長の真横へ叩きつける。
凄まじい衝撃波と砂埃が舞い、轟音が洞窟を震わせた。
「すみませんでしたぁぁ!私がバカでしたーっ!脱ぎます!今すぐ脱ぎますからぁ!」
「ア?」
音速の土下座をかまして許しを乞う社長。その尋常ではない勢いに、ゴブリンとオークは一瞬呆気にとられ――やがて、一斉に下卑た笑い声を上げた。
「……ダッセ!人間、弱イ!」
「ガハハ!マヌケ!マヌケ!」
社長は地面に額を擦り付けたまま、ぶるぶると震えている。
「……クソ。ちょっと漏らしたじゃない……っ」
その小声は俺の耳にだけは届いた。
ゴブリンとハイオークは、完全に"舐めプ"を決め込んでいた。
いつでも殺せる獲物が、恐怖に顔を歪ませ、無様な命乞いを晒す。
その過程を娯楽として楽しんでいるのだ。
「社長、我が社の格が落ちますよ、これ」
俺は地面に転がったカメラを拾い上げ、土下座中の社長にレンズを向けた。
「絶対映さないでね!?ねぇ!映してるでしょ!?」
「いえ、配信の質を上げているだけです」
日頃の理不尽な残業代わりのストレスが、少しだけ浄化されていくのを感じた。
「デ、モウヒトリノ。オマエ」
ハイオークが俺を指差す。
「オマエハ……マア、殺シテモイイカ。弱ソウダシ」
俺は抵抗の意思がないことを示すように、両手を上げて見せた。
「待て。最後に一発芸を見てくれないか。面白かったら見逃してくれ。どうだ?」
「……ハッハッハッ!ナンダコイツ!イイゾ!ヤッテミロ」
ハイオークが醜悪な顔を歪めて大笑いする。哀れな人間の最後の悪あがきを、心底あざ笑っているようだ。
俺はいたって真面目な面持ちで、すっと人差し指を突き出した。……ピピッ、と情けない音を立てて、壊れた噴水のようにチョロチョロと水が噴き出す。
「ア?オワリ?」
「どうです? 今度の飲み会の隠し芸で披露しようかと」
「ツマラン。ヤレ」
ハイオークの冷酷な号令と共に、ゴブリン達が一斉に躍りかかる。
「れ、煉夜くん!?あなたまでやられたら困るんだけど――」
社長が顔を上げ、悲鳴のような声を上げた。
「社長、目を瞑って、耳を塞いでください」
「ひゃいっ!」
社長が反射的に丸まったのを確認し、俺は右手を前方へかざした。
そこには、先ほどの一発芸とは比較にならない、淡く青い光を放つ魔法陣が展開される。
「――"ダイダロス・バースト"!」
瞬間、背後から押し寄せた津波のような大水流が、洞窟の通路を飲み込んだ。
「ナッ!?」
振り向く間もなかった。子供の背丈ほどしかないゴブリン達は、為す術もなく濁流に呑まれ、一気に押し流されていく。
「ふぅ……。ちょっと、出しすぎたか……」
急激にMPを消費し、視界がぐらりと揺れた。
「へ?煉夜くん、今、何をしたの……?」
「ナ、ナメルナァッ!」
水流を耐え抜いたハイオークが、怒りに任せて棍棒を振り下ろす。
俺はふらつく足に力を込め、空気を切り裂くようなその一撃を紙一重で回避した。
「ったく……流石にしんどいな」
「オイ!コノニンゲンガ、ドウナッテモイイノカ!?」
ハイオークは火山の頭を掴み上げ、俺に向けて突き出した。その時、火山の意識が戻る。
「うぅ〜……か、課長〜……?」
ハイオークは、怯える彼女を己の頭部を隠すための生きた盾にするつもりだろう。
「火山、目を閉じてろ」
「え、はい……」
「ナニヲ――」
「一発芸だよ。――"アクア・レイ"」
――刹那。
俺の指先から放たれた水のレーザーが、火山をすり抜け、ハイオークの眉間を穿った。
ほぼ同時、力なく落ちる火山の体を、俺はその腕で抱きとめる。
「凄い凄い!やるじゃない!」
「……流石にしんどいっす」
「あ、カメラカメラ」
社長が慌ててカメラを拾い、倒れ、霧散していくハイオークの死に様を映し出した。
「おい、火山……大丈夫か?」
「う〜……?か、課長……!?あれれ?倒したんですか!?」
「ああ。すまなかったな。危険な目に合わせた」
「い、いえ!私もご迷惑をおかけしました!課長、かっこよかったですよ!」
「……そうでもないだろ」
「あ、あと、早く下ろしてください……恥ずかしいので……」
「あ、すまん」
俺は慌てて火山を地面に下ろす。腕の中から解放された彼女は、まだ足元が覚束ないのか、おっとっと、と危うい足取りで数歩よろめいた。
俺は反射的に手を伸ばしかけたが、彼女が自力で踏ん張ったのを見て、所在なくその手を下ろした。
その瞬間、視界に青白い半透明のウィンドウが展開された。
【システムメッセージ:ボス討伐を確認。ダンジョンクリア】
【貢献度を計算中……経験値を取得しました】
【レベルアップ】
火山 夕夏:Lv.1 → Lv.2
連実 煉夜:Lv.33 → Lv.34
「わぁ、レベル上がってます!見てください課長!」
「やったな」
「ちょっと!二人で盛り上がってないで、私の貢献度にも触れなさいよ!私だけレベル上がってないし!」
火山が目を輝かせる横で、社長が頬を膨らませて怒っている。
魔物と戦い、蓄積した経験が肉体を作り直す――それがレベルアップだ。
ただし、数値が高ければ無敵というわけでもない。
「課長、レベルって何が変わるんですか?」
「戦闘に必要な身体機能のほぼ全部だ。耐久力、MPの保持量、筋力、反応速度……とか」
「強くなる、ってことですね!」
「……勝率が上がる、って言い方の方が正確だな」
「え?」
「レベル50でも、眠ってる間に喉を裂かれれば死ぬ。数値は万能じゃないんだ」
「えーと、つまり……私でも、寝てる課長を不意打ちすれば殺せるってことですか?」
「間違ってないけど怖いこと言うな」
そして――。
「……やっぱ、相当下がってんな」
俺は淡白な通知画面を眺め、独り言を漏らす。
全盛期の俺なら、今の連戦程度でMPを枯渇させることはなかったはずだ。
「え?レベルって下がることもあるんですか?」
「筋肉や体重と同じだ。戦わなきゃ落ちる。身体が“戦闘用最適化”を維持できなくなるんだよ」
「へぇ~!運動不足の後に走ると、死ぬほど疲れるみたいな感じですね!?」
「まあ、そんなところだ。実際、引退した元トップの探索者が数年後に低ランク魔物に殺される事故も珍しくない」
「へぇー……」
「あと、加齢でも落ちる。特に反応速度系は顕著だ。だから探索者には明確な“賞味期限”がある。全盛期の自分を追い越せなくなった時が、引き際ってことだ」
「え~世知辛い……!」
「現実だからな。……とはいえ、積み上げた技術まで消えるわけじゃない。強い奴はいつまでも強い」
俺がウィンドウを閉じると、それを見計らったかのように社長がパンッと手を叩いた。
「よしっ!無事終わったってことで!みんな、今日は祝杯よ!親睦会も兼ねてガッツリ飲むわよ!」
足元の水溜まりを蹴散らしながら、社長が意気揚々と出口を指差す。俺は、今にも崩れ落ちそうな脚に鞭を打ち、溜息を吐いた。
「いや、火山を病院に……」
「いえ!私は平気ですので!行きましょうよ、課長!」
火山の方は、本人の言葉通り妙に血色が良い。どうやら、本物のブラック企業からは、ダンジョンをクリアしても逃げられないらしい。
「……はぁ。お手柔らかにお願いしますよ、社長」
レベルは万能じゃない。数値は、高ければいいというわけじゃない。
どれだけレベルを上げようと、魔素への最適化が進もうと、社長の飲み会を断るスキルを俺はまだ持っていないのだから。
俺はもう一度重いため息をつき、後頭部を掻きながら二人の後を追った。




