第7話「罠」
「うわぁ、ダンジョンって外から見るより広いんですね〜!」
火山が観光地にでも来たかのように、配信カメラを嬉しそうに四方へ向ける。
その傍らで、俺は転がるゴブリンの横で遺留品を拾い、麻袋へ詰め込んでいた。
「ここは空間が歪んだ異界だからな。外見より広いし、“魔素”が充満しているからモンスターが常在できる」
「へぇ~!魚が水中を泳ぐのと同じですか?」
「そうだ。構造も未固定の“生きた迷宮”で、下層ほど質が跳ね上がる。深く潜るほど一瞬で事故るぞ」
「えーと、ボス?がいるんですよね?」
「ああ、“核個体”だ。倒せば女王アリを潰したようにダンジョンが消える。国からの奨励金と素材の売却益は、火の車のうちには最高の特効薬だ」
「宝探しみたいでワクワクしますね!」
ピクニック気分の彼女に胃が痛む。ゴブリンのドロップ品は二束三文だが、零細企業の俺たちには一円でも貴重なのだ。
「くっ……重い……」
麻袋を担ぎ直すと、火山がけらけらと笑った。
「あはは!課長、泥棒袋を背負った黒いサンタさんみたいです!」
「笑い事じゃない。久々に動いたから骨身にこたえるんだ。……ステータス・オープン」
目の前に、青白く半透明なウィンドウが浮かび上がる。
【HP:300 / 300】
【MP:150 / 280】
【スタミナ:90/ 100】
他にも、筋力、俊敏、耐久、魔力、適性、運性値……バイタルチェックを自分で行えるのは、実に便利だ。
だが、その"スタミナ"の値は、今この瞬間も刻一刻と削り取られていく。
スタミナはいわば肉体の疲労度だ。重い荷物を背負い、一歩踏み出すごとに数値が確実に引かれていく。
動けば減り、止まれば留まり、休めば回復する。この"可視化された限界"が、精神的なプレッシャーとなって俺にのしかかる。
かなり奥まで進んだはずだが、未だにボスらしき気配はない。
「ね"ぇ……待ってぇ……」
背後から、社長の情けない声が聞こえてきた。
「社長、ステータスを出してください」
「え?ああ、はい……」
【HP:216 / 220】
【MP:150 / 150】
【スタミナ:12/ 100】
絶望的に疲れている。
HPの減りは転倒時に受けたものだろうか。
「休憩、しますか?」
「いや……時間がもったいないわ!行くわよ!」
「……ブラック企業の鑑かよ」
一方、少し先を行く火山がカメラを構えたまま足を止め、古びた宝箱のようなものを見つけた。
「あれ?なにこれー?」
その時、配信画面に初めてのコメントが流れる。ユーザー名は"Unknown"。
内容は――『開けてください。きっと驚きます』という、たった一言。
「え、あ!コ、コメント!あ、ありがとうございますーっ!そ、そ、そうなんですかぁ!どれどれ……」
初めてのリスナーとの交流に、火山の声が上ずった。期待に指先を震わせ、宝箱の鍵に手をかける。
だが、蓋を跳ね上げた瞬間に目に飛び込んできたのは、財宝ではなかった。
そこに詰まっていたのは、無数の鋭い牙と、湿った音を立てて蠢く触手のような"なにか"が詰まっていた。
「え――」
火山が状況を理解するよりも早く、その箱は生き物のように跳躍し、彼女の顔へ向けて飛びかかった。
「ミミックだ!離れろ!」
俺は背中の重荷も忘れ、咄嗟に叫んでいた。火山の顔にかぶりつくミミック。
「ひえっ」
「オラッ!」
俺は袋を放り捨てると、手の中にあったボロボロの剣をそのまま投擲した。
剣はミミックの木製ボディを深々と貫通する。
不快な断末魔とともに、奴は地面へと転げ落ちていった。
「火山!大丈夫か!?」
駆け寄ると、火山は白目を剥いて仰向けに倒れていた。
「う"ぅ"……」
無言。だが、腹部は上下している。
どうやら単に腰が抜けたか、驚きすぎて意識が飛んだだけらしい。俺はカメラを拾い上げて、しれっと社長に渡した。
「火山ちゃん、大丈夫なの?」
「ええ、気絶しているだけです。なんとか」
「よしよし。生きてるなら大丈夫ね」
「少しは労ってやってください……」
胸を撫で下ろしたのも束の間。俺の背筋に、冷たい感触が走る。
闇の中から、音もなく数本の矢が放たれた。
「――ッ!」
咄嗟に身を乗り出し、ミミックから抜いたなまくらを振るって、矢を叩き落とす。
火花の散る暗闇の向こうから、不快な嘲笑が響いた。
「グガガッ!人間、マヌケ!逃ゲ場、ナイ!」
洞窟の奥から、数十体のゴブリンを引き連れて"それ"は姿を現した。
中央に立つのは、通常の個体を二回りほど巨大化させ、岩のような筋肉と漆黒の毛皮を纏った異形――上位種“ハイオーク”だ。
手にしているのは、巨大な棍棒。F級ダンジョンにいるはずのない、明らかなイレギュラーだった。
「な、何よあれ、デカすぎじゃない……!?」
「……ハイオーク。ランクDの魔物が、なんでF級ダンジョンに……」
明らかに場違いな強敵。間違いなく"核個体"だ。このミミックの配置も、奴らが仕組んだ"釣り"だったわけか。
一匹のゴブリンが、手際よく火山の首筋に錆びた短剣を突き立てた。
「ウゴクナ!」
「ちょっと!卑怯よ!」
「社長が言っても説得力ないっすよ……」
社長が怒声を上げるが、ハイオークは下卑た笑いを浮かべ、獲物を品定めするように社長を見つめるだけだった。
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